第7話 外法の者との最初の衝突 エリナ・ソルヴェイ
◇◇◇◇
配属から六ヶ月が過ぎた頃、ロスタムはヨトゥン・ヘイムへの任務を命じられた。
ヨトゥン・ヘイム。
外法の者を収容する施設の通称だった。
メタ・シャルマから離れた場所に位置する、外見は何の変哲もない建物だった。し
かし内側は分厚い結界で覆われており、超印持ちの者が力を行使できない構造になっ
ていた。
任務の内容は、物資の搬入と施設の状況確認だった。
クレイグと二人での任務だった。
「ヨトゥン・ヘイムは初めてか」クレイグは輸送ヴィマーナの中で言った。
「そうだ」
「感情移入するな」クレイグは言った。
「なぜだ」
「中にいる者たちは、様々な事情を持っている。中には同情したくなる者もいる。し
かし俺たちの任務は搬入と確認だ。それ以上でも以下でもない」
「同情したくなる者がいるのか」
「いる」クレイグは言った。「しかし今日は話すな。そういう任務ではないから」
ロスタムは頷いた。
しかし頷きながら、少し引っかかりを感じた。
◇◇◇◇
ヨトゥン・ヘイムの内部は、静かだった。
廊下を歩くと、両側に扉が並んでいた。それぞれの扉の向こうに、外法として認定
された者たちがいた。
物資の搬入を終え、確認作業をしながら廊下を歩いた。
ある扉の前を通り過ぎた時、声が聞こえた。
「……新しい顔だな」
女の声だった。
扉の小窓から、目が見えた。静かな目だった。敵意もなく、怯えもなく、ただ観察
するような目だった。
「そうだ」ロスタムは立ち止まって言った。
「今日が初めての任務だ」
「クレイグの連れか」
「そうだ」
「クレイグはいい男だ。融通が利かないが、真っ直ぐだ」
クレイグが数歩先で立ち止まった。
「ロスタム、話しかけられても相手にするな」
「なぜだ」
「任務外だからだ」
「少し聞いていいか」ロスタムは窓の向こうの目に言った。
「どうぞ」女は言った。
「名前を聞いていいか」
「エリナ・ソルヴェイ」女は言った。
「元マジェスティック・ロード所属。外法認定で幽閉中。超印は六つ持っていた。今は力を使えない場所にいるが」
超印六つ。
ロスタムは驚いた。超印六つは、ブレイクゴッドに次ぐ実力だった。
「なぜ幽閉されている」ロスタムは聞いた。
「地球意思の法に反した信念を持ったから」エリナは淡々と言った。
「私は帝国の在り方に疑問を持った。地球意思は人類を管理しすぎている、と。それが外法認定の理
由だ」
「それだけで幽閉されるのか」
「帝国では、それが外法になる」
「……」
ロスタムは少しの間、エリナの目を見た。
「ロスタム」クレイグが言った。
「行くぞ」
「わかった」ロスタムは言った。それからエリナに向かって言った。
「また来るかもしれない」
「来たら、また話しかけろ」エリナは言った。「暇なんだ」
◇◇◇◇
ヨトゥン・ヘイムからの帰り道、ロスタムはクレイグに聞いた。
「エリナ・ソルヴェイという女性を知っているか」
「知っている」クレイグは言った。
「元マジェスティック・ロードの精鋭だ。超印六つを持ち、トロイメル様の直轄で動いていた。優秀な人物だった」
「だったか」
「今も優秀なはずだ」クレイグは言った。
「しかし外法認定された」
「信念のせいだと言っていた。地球意思が人類を管理しすぎているという」
「そうだ」
「それが外法になるのか」
クレイグは少しの間、歩きながら考えた。
「帝国の根幹への異議申し立てだからだ」クレイグは言った。
「地球意思の法は絶対だ。その法に反する考えを持ち、それを主張することは外法になる」
「信念を持つことが、外法になるのか」
「帝国の根幹に関わる信念は、な」クレイグは言った。
「俺は賛成しているわけじゃない。ただ、それが今の帝国の法だ」
「法が間違っている場合は」
「……そういう話は、ガイン様にしろ」クレイグは言った。
「俺には荷が重い」
ロスタムは黙った。
胸の奥の温かさが、微かに揺れた。
ブリリアント・クイーンも、何かを感じているのかもしれない。
◇◇◇◇
その夜、ロスタムはガインの執務室を訪ねた。
扉をノックした。
「入れ」
ガインは書類を見ていた。しかし書類から目を上げ、ロスタムを見た。
「エリナ・ソルヴェイに会ってきたか」
「なぜ知っている」
「クレイグから報告が来た」ガインは言った。
「何を聞いた」
「幽閉の理由を聞いた。帝国の在り方への疑問が理由だと言っていた」
「そうだ」
「それが外法になる、とクレイグが言った」
「そうだ」
「ガイン司令は……それが正しいと思うか」
ガインは少しの間、ロスタムを見た。
「何が正しいかという問いに答えるのは、俺の役割ではない」ガインは言った。
「しかし一つだけ言える」
「なんだ」
「外法の者の全員が、悪ではない」ガインは言った。
「帝国の法に反したことは事実だ。しかしそれが、その者を悪にするかどうかは別の話だ」
「では、なぜ帝国は外法と決めるのか」
「法を維持するためだ」ガインは言った。
「地球意思の法が崩れれば、帝国の秩序が崩れる。そのために、一定の基準を設ける必要がある。その基準に引っかかった者が外法認定される」
「基準が正しいかどうかは関係ないのか」
「法とはそういうものだ」ガインは言った。
「完璧な法は存在しない。しかし法がなければ、秩序もない」
「……難しいな」
「そうだ」ガインは言った。
「だから考え続けろ。答えを出すのは、お前が十分に成長してからだ」
ロスタムは頷いた。
しかし部屋を出る前に、一つだけ聞いた。
「ガイン司令は……エリナ・ソルヴェイのことを、どう思っているのか」
ガインは少しの間、黙った。
「……無駄にしたくない人材だ」ガインは静かに言った。
「それだけだ」
それだけ、という言葉の中に、様々なものが込められているとロスタムは感じた。
◇◇◇◇
翌月、ロスタムは再びヨトゥン・ヘイムの任務に志願した。
クレイグが少し驚いた顔をした。
「自分から志願するとは珍しい」
「また話してみたいことがあった」
「エリナか」
「そうだ」
クレイグはしばらく考えた。
「……まあいい」クレイグは言った。
「感情移入するなとは言ったが、話すことまで禁止はしていない。ただ」
「ただ」
「任務の範囲は超えるな。お前はまだAクラスになったばかりだ。判断は俺に従え」
「わかった」
ヨトゥン・ヘイムに着いた。
エリナの扉の前を通った。
「また来たか」エリナが言った。
「また来た」ロスタムは言った。
「暇だったのか」
「そうでもないが、聞きたいことがあった」
「なんだ」
「あなたは……帝国の法が間違っていると、今も思っているか」
エリナは少しの間、沈黙した。
「思っている」エリナは言った。
「変わらない。だからここにいる」
「ここにいることを、後悔していないか」
「後悔はある」エリナは言った。
「しかし信念を曲げることへの後悔の方が、大きい」
「信念と法が、どちらが上か」
「私にとっては、信念だ」エリナは静かに言った。
「しかしそれが帝国では通じなかっただけだ」
ロスタムは頷いた。
「もう一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「外の世界で、今何かが起きていることは知っているか」
エリナの目が、少し動いた。
「南極の近くで島が浮上したという話は、ここにも届いた」エリナは言った。
「それがどういう意味を持つか……私には、嫌な予感がする」
「嫌な予感とは」
「古いものが目を覚ます時の気配に似ている」エリナは言った。
「私の長年の修行の中で、似た気配を文献で読んだことがある。しかし記録の中の話だと思っていた」
「それが現実になりつつある、ということか」
「可能性として、な」エリナは言った。
「ロスタム」
「なんだ」
「お前は……外法の者を、どう思う」
ロスタムは少しの間、考えた。
「正直に言っていいか」
「どうぞ」
「まだわからない」ロスタムは言った。
「外法=悪だとは思っていない。しかし外法=善だとも言えない。ただ……あなたと話して、単純ではないとはわかった」
「正直な答えだ」エリナは言った。
「あなたは、俺を試していたのか」
「少しな」エリナは言った。
「ブリリアント・クイーンと融合した者がどんな考えを持っているか、興味があった」
「結果は」
「まだ保留だ」エリナは言った。しかしその目が、わずかに笑っていた。
「保留か」ロスタムは言った。
「いい意味でな」
クレイグが廊下の先から声をかけた。
「ロスタム、時間だ」
「わかった」ロスタムはエリナに言った。
「また来る」
「来るたびに、少し賢くなって来い」エリナは言った。
「話し相手として、その方が面白い」
「努力する」
廊下を歩きながら、ロスタムは南極の島のことを考えた。
エリナが言っていた「古いものが目を覚ます時の気配」という言葉が、頭から離れなかった。




