第3話 旅立ち
◇◇◇◇
翌朝、ロスタムは部落を出た。
夜明け前だった。まだ住民たちが眠っている時間を選んだ。長い別れの言葉が、ロ
スタムには苦手だった。泣かれるのも、引き止められるのも、どちらも困った。だか
ら静かに、一人で出た。
持ち物は少なかった。
布袋一つに、三日分の食料と、父の形見の短刀一本。それだけだった。
部落の入口で、カリムが待っていた。
「知ってたか」ロスタムは言った。
「お前が黙って出るのはわかってた」カリムは言った。
「だから先に起きた」
二人はしばらく黙っていた。
「昨日のことだが」カリムは続けた。
「お前が死ぬと思った」
「俺も思った」
「しかし死ななかった」
「そうだな」
「それは……何かが、お前を生かしたということだ」カリムは言った。
「それが何かはわからない。しかしお前は選ばれた。俺はそう思ってる」
ロスタムは胸の奥を感じた。あの温かさは、今も消えていなかった。
ブリリアント・クイーンの存在が、静かにそこにあった。
「行ってくる」ロスタムは言った。
「ああ」カリムは言った。
「死ぬなよ」
「さっき選ばれたって言ったばかりじゃないか」
「選ばれた者でも死ぬ時は死ぬ」
ロスタムは笑った。カリムも笑った。
それで十分だった。
ロスタムは歩き始めた。
ジャングルの中の細い道を、夜明けの光の中で。振り返らなかった。
振り返れば、戻りたくなるとわかっていた。
足音が、遠ざかっていった。
◇◇◇◇
ガイン・アスラ・カシュヤパを探すことは、思ったほど難しくなかった。
歩いて三日、最初の町に出た。そこで帝国の存在を初めて知った。
大きな掲示板に、帝国の紋章と共に案内が書かれていた。
文字が読めないロスタムは、町の人間に声をかけた。
「ガイン・アスラ・カシュヤパという人を探している」
相手が固まった。
「……ブレイクゴッドのガイン様のことか」
「ブレイクゴッド?」
「お前、本当に知らないのか」
ロスタムは知らなかった。
ブレイクゴッドという言葉も、超印という言葉も、エーテル・コアという言葉も、この時のロスタムは何一つ知らなかった。
町の人間は、長い時間をかけて説明してくれた。
エーテル・コアとは何か。超印とは何か。
ブレイクゴッドとは何か。そしてガイン・アスラ・カシュヤパとは何者か。
話を聞いたロスタムは、少しの間黙っていた。
「……その6人の中の一人が、俺を呼んだのか」
「そうらしいな」
「なぜ」
「さあ」と相手は言った。
「しかし呼ばれたなら行け。ガイン様が呼んだ人間が断った話は聞いたことがない」
「断れるのか」
「理論上は」と相手は言った。
「しかし賢い選択ではない」
ロスタムは再び歩き始めた。
今度は目的地がある歩みだった。
メタ・シャルマ。
帝国の本拠地にして、聖都。そこにガイン・アスラ・カシュヤパがいる。
ロスタムは、初めて聞くその名前を口の中で繰り返した。
メタ・シャルマ。
全長百二十キロメートルの超巨大ヴィマーナ。
どんな場所なのか、ロスタムにはまだ想像もつかなかった。
◇◇◇◇
帝国の輸送ヴィマーナに乗ったのは、旅を始めて六日目のことだった。
ある検問所で、帝国の兵士がロスタムの体から発せられる周波数を感知した。
「お前、エーテル・コアと融合したな」兵士は言った。
「そうらしい」ロスタムは言った。
「どのエーテル・コアだ」
「知らない。ブリリアント・クイーンとかいうやつだと思うが」
兵士が固まった。
別の兵士が来た。また固まった。さらに上の階級の者が来た。その者も固まった。
やがてロスタムは、検問所の一室に通された。
「少し待ってもらえるか」と言われた。
「何を待つんだ」
「確認が取れるまで」
ロスタムは椅子に座って待った。
一時間後、その部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、あの男だった。
ガイン・アスラ・カシュヤパが、入口に立っていた。その目が、ロスタムを見た。
「迷子になるかと思った」ガイン は言った。
「六日で来た」ロスタムは言った。
「迷子にはなっていない」
「徒歩でか」
「最後の一日はヴィマーナに乗った」
ガインは少しの間、ロスタムを見た。それから、踵を返した。
「ついて来い」
それだけだった。




