第20話 涙のサハラ砂漠
◇◇◇
イビルドロー・スペアは、影のように動いた。
タクシャカ隊の展開区域に近づいた時、スペアは姿を消した。
ゴエティアの使い手のように、影の中に溶け込んだ。タクシャカ隊の警備網をくぐり抜け、ヴィマーナの格納区画に忍び込んだ。
その作業は精密で、静かで、誰にも気づかれなかった。
一人ずつ、眠っている間に近づいた。
タクシャカ隊のコンサートマスター、アクセル・バーン。その顔に、スペアの指が触れた。
洗脳ドローイングが、施された。
薄く、しかし確実に、顔の皮膚の上に見えない刻印が刻まれた。
次の者へ。また次の者へ。
一夜をかけて、タクシャカ隊の全員に洗脳ドローイングが施された。
夜明けと共に、タクシャカ隊の目が変わった。
◇◇◇
異変に気づいたのは、サーガラ隊のコンサートマスター、ティモン・トルキだった。
定期的な情報交換のため、タクシャカ隊に通信を入れた時、違和感があった。
応答の仕方が、違った。
言葉の内容は正常だった。しかし音が違った。ティモンは音を扱う者として、その違和感を言語化できなかった。しかし確かに、違っていた。
「……おかしい」ティモンはつぶやいた。
もう一度通信を入れた。
今度は、応答がなかった。
「タクシャカ隊!」
応答なし。
ティモンは、サーガラのヴィマーナを動かした。
タクシャカ隊の展開区域へ、最速で向かった。
◇◇◇
サーガラのヴィマーナがタクシャカ隊の展開区域に近づいた時、状況が見えた。
タクシャカ隊のヴィマーナが、動いていた。
しかし敵に向かって、ではなかった。
帝国の重要施設に向かっていた。
「……洗脳されている」ティモンは言った。
「タクシャカ隊全員が」
「どうしますか」副官が言った。
「止める」ティモンは言った。
「タクシャカのヴィマーナの前に出る。止まらなければ、音で止める」
「音で、ですか」
「俺の魔導楽器は」ティモンは言った。
「属性の音を奏でることができる。洗脳ドローイングは顔に施された刻印だ。特定の周波数の音が、その刻印に干渉できる」
「理論的には、ですか」
「実戦でやったことはない」ティモンは言った。
「しかし今がその時だ」
サーガラのヴィマーナが、タクシャカのヴィマーナの前に出た。
◇◇◇
タクシャカのヴィマーナが止まらなかった。
そのまま進んだ。
サーガラのヴィマーナと正面衝突した。
激しい衝撃があった。サーガラのヴィマーナが大きく揺れた。内部の機構が複数損傷した。
「被害報告!」
「主翼のブリル・ドライブに損傷。飛行能力が大幅に低下」
「まだ飛べるか」
「しばらくは」
「それで十分だ」ティモンは言った。
「俺が外に出る」
「外に?」
「ヴィマーナの外で演奏する」ティモンは言った。
「タクシャカのヴィマーナに向けて直接、音を届ける」
副官が止めようとした。
「外は危険です。タクシャカのヴィマーナが攻撃してくる可能性が」
「可能性じゃない。確実に来る」ティモンは言った。
「しかしそれしか方法がない」
ティモンは魔導楽器を手に取った。
長年使い続けてきた楽器だった。多くの戦場で奏でてきた楽器だった。
「俺の最終楽章だ」
つぶやいた言葉は、誰にも聞こえなかった。
ティモンは外に出た。
◇◇◇
サハラ砂漠の上空だった。
灼熱の太陽が降り注ぎ、砂漠の熱風が吹いていた。
ティモンは、ヴィマーナの外縁に立った。
タクシャカのヴィマーナが、こちらを向いた。
攻撃が来るとわかった。
そして、ゆらりとした風貌のタクシャカ隊とは異質な雰囲気をもった者が現れた。
――――スペアだ。
「サーガラの隊長さん、ご苦労だね~、お一人でこちらの攻撃を防ぎきれるのかなぁ~」
粘質系の言葉に相手を意思をのらりくらりと躱す様なつかみどころの無い言葉で続けた。
でもぉ、よぉ~く、考えた方がいいと思うよぉ~ ここは灼熱のサハラ砂漠ぅ~
すなわちぃ~、タクシャカにとってはぁ~、この上ないアドヴァンテージがあるよぉ~」
まぁ~試しにぃ~この攻撃を受けてごらんよぉ~」
そういい終えると、タクシャカ隊コンサートマスター「アクセル・バーン」を筆頭に爆音と爆炎を伴う
演奏攻撃が開始された。
―――――――バーニング・ジャングル――――――
アクセル・バーンのシャウト全開のボーカルとその部下隊員らのギター、ドラム、ベースによる爆炎疾走曲が展開された。
いくつもの蛇のような炎が絡み合いながらサーガラのヴィーマーナに襲い掛かった。
ティモン隊長!逃げてください!龍笛”水龍の調べ”————
これは危険です!氷蝶乱舞 水龍琴!————
2人のサーガラ隊員がティモンをかばう様に攻撃を水と氷の壁で防ごうとした。
だが、爆炎の蛇の群の力が上回った。2人の隊員が防ぎ切れず、飛ばされてしまう!
「!」「ザバダック!ヴァレンシア!」ティモンが叫ぶ、その直後、一部の炎がティモンの顔に向かって直撃、いや、かろうじて躱したが、喉を負傷し声が出せなくなった。
スペアは続けた「ほらぁ~、言った通りだったよねぇ~、足搔くだけ無駄無駄ぁ~」
「今のタクシャカはこのフィールドパワーの恩恵により、通常の4割増しぃ~、それに比べぇ~ サーガラは相反する水属性で3割減だよねぇ~」
「勝負は始めからみえてるよぉ~」とにたりと陰湿かつ粘着質な語りも相まって全面に悪辣ぶりを醸し出していた。
(ザバダック!ヴァレンシア!)ティモンは先ほど助けに入った2人の隊員の安否を気遣った。
「うっ、隊長・・・」
(ザバダック、意識はあるな)ヴァレンシアの方は意識を失ったままだった。
―――確かにこの場所では、タクシャの独壇場だ―――
スペアこいつは最初からこれを仕掛けるためにこの場所へ来たのか、、、
ここを打開するには、フィールド上のアドバンテージを無効にする必要がある。
ティモンは残りのサーガラ隊員に手信号を送る。(動ける隊員らよ。これより私が演奏を始めるまでの間、防御だけに徹して欲しい。)
了解!各隊員攻撃に備え防御態勢、サーガラシールドモード展開!
....ティモンは且つて師匠でありマエストロのソニック・バスターの言葉を思い返していた。
「肉声で歌う以外の声なき声で歌えるようになれば、お前もその時ブレイクゴッドの入り口に立てるだろう」と、
・・・・声なき声・・・・今まさにティモンは喉を負傷してしまっていた。
ティモンは負傷した声帯に意識を集中し出した。
確かに肉体としての声帯は高温で焼け爛れ声は出せないが、超印としての振動がまだ息づいていることが感じられた。
更に意識を集中する振動が次第に細かくなり、キーンという高い振動数の状態になるとその感覚が鮮明になってきた。
―これはオーラか―、今一声出せるのが精一杯だが、この一声に賭ける
更に集中し意識しある想いを載せて喉からオーラを開放した。
———オーラ・ボイス―ーー”不滅のソーン”
肉声ではなかった。
しかし、それはサハラ砂漠全体に、いやそれよりもはるか遠くへ響き振動していった。
「うん?何の音?ただのはったりか何かかい? そろそろぉ~、終わりにしようかぁ~」スペアが動く。
「では140%のタクシャカ必殺ぅ~、爆炎曲2弾~!行ってみようかぁ~」
アクセル・バーン筆頭に洗脳されているタクシャカ隊員の一斉攻撃が展開された。
今その攻撃が発せられた直後だった。
—————キュオォ――――――ン
それと同時に遠くから巨大で非常に高く大きな声が響き渡った―――
「今度はなんだ」さすがのスペアも得体のしれない巨大な何かかの気配を感じ取っていた。
そしてタクシャカの攻撃がサーガラへ届こうとするさなかそれは起きた。
爆炎攻撃がサーガラに届かず完全に無力化されていた。
いつの間にかサーガラは湖の中に入っていた。
そして更にタクシャカに向かって大質量の超低温の霧の塊が吹きかけられた。タクシャカの攻撃陣が無力化された。
「くそっ体が動けない」スペアはバインド状態になっていた。
巨大な質量の超低温の霧!?
——フローズン・ミスト・ブレイカーーーこの能力を持つ存在は――――
―――キュオォーーンーーーまた、圧倒的な声を上げその偉大な姿を現す。
―― 古の古代水龍”ジェヌーン”!! ——
ティモンのオーラ・ボイスの呼びかけに応えた存在であった。
自ら湖を携え自由気ままにテレポートして移動するレジェンド級の古龍!
来てくれた!ティモンは無言でも目で感謝の意を表した。
ジェヌーンも其れにこたえるかのようにヴィマーナ・サーガラの傍で佇んでいた。
そしてティモンは楽器を構えた。
演奏を始めた。
その曲は、これまでに演奏したことのない曲だった。楽譜も、教えも、何もなかった。
ただ、今この瞬間に生まれた音が、指を動かした。
深い哀愁があった。
砂漠の広大さがあった。
しかしその哀愁の底に、確かな光があった。諦めではなく、愛着が。絶望ではなく、愛情が。
淀みなく流れる旋律が時に緩やかに、時に激しく疾走するメロディーを奏でていた。
涙のサハラ。乾坤の一滴。ジェヌーンがその曲に合わせるように巨大な雫を上空に展開。
その音と水が、砂漠の上空に響いた。
◇◇◇
音と水が、タクシャカのヴィマーナに届いた。
特定の周波数と浄化の水が、洗脳ドローイングの刻印に干渉した。
アクセル・バーンの顔に施された刻印が、音の振動に反応した。
水を浴びせられ揺れた。
崩れ始めた。
「……」アクセルが目を開けた。
「何が……」
他の隊員たちにも、同じことが起きた。
一人、また一人と、目の色が戻った。
洗脳が、解かれていった。
しかしその瞬間、バインドが解けたスペアが動いた。
ティモンに向かって、直接攻撃が来た。
洗脳が解かれれば、スペアにとってタクシャカ隊は意味をなさなくなる。
だからこそ、演奏を止めるために、ティモンを狙った。
ティモンは演奏を止めなかった。
攻撃を体で受けながら、演奏を続けた。
最後の一人の目が戻るまで、止めなかった。
◇◇◇
全員の目が戻った。
タクシャカ隊全員の洗脳が解かれた。
アクセル・バーンが状況を把握した。
「ティモン!」
しかしティモンは、ヴィマーナの外縁に立ったまま、動かなかった。
楽器が、手から落ちた。
体が、傾いた。
アクセルが駆けつけた。
「ティモン、聞こえるか」
「……」ティモンは声が出せなかった。頷いた。
「ティモン、お前声が…」
「…」ティモンは笑みで応えた。
スペアがまだいた。
しかしタクシャカ隊が正気に戻った今、スペアに力の逆転はなかった。
タクシャカ隊が、スペアを無力化した。スペアが力尽きて地に落ちた時、
それを見届けるようにティモンは目を閉じた。
ティモンはすでに力を出し切っていた。
自分はもう最後だと諭すように手に持っていた楽器をアクセルに託した。
「ティモン…」
楽器を託した手が静かに下に下がっていった。
「キュォーーーン」ジェヌーンが別れを惜しむように声を上げた。
追悼の鳴き声だった。
砂漠の上空が、静かになった。
タクシャカ隊の全員が、その場で頭を垂れた。
サーガラのヴィマーナが、大きく傾いていた。もう飛べなかった。
それを守るようにジェヌーンが湖で囲っていた。
砂漠の砂が、風に舞っていたが、そこは砂漠のオアシスとなった。
ティモン・トルキの最終楽章が、サハラの空に消えていった。
◇◇◇
報告が届いた時、ロスタムは訓練中だった。
クレイグが来て、一言だけ言った。
「サーガラ隊のコンサートマスター、ティモン・トルキが戦死した」
ロスタムは動きを止めた。
「スペアは」
「スペアも戦死した」クレイグは言った。
「タクシャカ隊全員の洗脳は解かれた。
しかしティモンが……演奏しながら攻撃を受けて、力尽きた」
「演奏を止めなかったのか」
「止めなかった」クレイグは言った。
「最後の一人が戻るまで」
ロスタムは黙った。
「サーガラのヴィマーナも大破した」クレイグは続けた。
「アクセル・バーンたちが復興を誓った、と報告が来ている」
「……そうか」
「スペアは倒した。一つ片付いた」クレイグは言った。
「しかしロキとクロウリーがまだいる」
「わかっている」ロスタムは言った。
ロスタムは空を見た。
どこかでティモンが最後に奏でた音が、精神力を集中して発したオーラ・ボイスが、
まだ空気に残っているような気がした。
届かないほど遠い場所で、それでも確かに。
「……覚えていよう」ロスタムはつぶやいた。
胸の奥の温かさが、静かに揺れた。
今回のシーンはトニー・マカパインのTears of Saharaの曲からインスピレーションを得て書いたものです。
エピソードタイトルもそのまんま「涙のサハラ砂漠」です。今聞いても名曲ですね。




