第19話 這いよる黒い影
◇◇◇
脱走が発覚したのは、夜明けだった。
ヨトゥン・ヘイムの警備担当者が、定期確認の際に気づいた。
三つのセルが、空だった。
結界は維持されていた。外側から破られた形跡はなかった。しかし三人がいなかっ
た。
緊急通信が、帝国情報部門に届いた。
「ヨトゥン・ヘイムより緊急報告。外法の者三名が脱走。確認時刻:夜明け前。脱走
手段:不明。現在の所在:不明。脱走者:操獣師ロキ、イビルドロー・スペア、黒魔装のクロウリー、以上三名」
この報告が、ガインの元に届いた時、ガインは一瞬だけ目を細めた。
「ヨトゥン・ヘイムの担当は誰だ」
「ドノヴァン・フォーチュンです」部下が答えた。
「マジェスティック・ロード所属の召喚士です」
「ドノヴァンには連絡が取れるか」
「……現在、連絡が取れない状況です」
ガインは沈黙した。
「三名を追え」ガインは言った。
「それぞれが別の方向へ動く可能性がある。同時多発の攪乱工作と思って動け」
「はい」
「ドノヴァンの捜索も同時に行え」
「わかりました」
ガインは窓の外を見た。夜明けの空だった。
ダゴンが動き始めた、とガインは感じた。
◇◇◇
三名は、それぞれ別の方向に動いた。
ガインの予測通りだった。
ロキは北方へ向かった。ダゴンの波動に共鳴した魔獣たちを集めながら、各地を転戦し始めた。その動きは読みにくかった。一定のパターンがなく、帝国の追跡部隊が常に後手に回った。
イビルドロー・スペアは西方へ向かった。目的地は、八大守護龍伎楽大隊の展開区域だった。タクシャカ隊が現在展開していた地域に向かって、密かに動き始めた。
黒魔装のクロウリーは南方へ向かった。各地に罠を仕掛けながら、追跡者を混乱させ、追い払いながら移動した。
ドノヴァン・フォーチュンは、単独でクロウリーの追跡を始めていた。
連絡を取らずに動いていた。それが、ガインへの報告よりも早く動くための判断だった。
封印を突破された責任を、自分の手で取ろうとしていた。
◇◇◇
ロスタムは、この報告を受けた時、ガインの執務室にいた。
「三名が脱走した」ガインは言った。「各自が別の脅威となっている。帝国全体が動く必要がある」
「ロキ、スペア、クロウリー」ロスタムは繰り返した。「全員が超印六つ持ちか」
「そうだ」
「俺には五つしかない」
「数が全てではない」ガインは言った。
「お前の力の性質は、数で測れない」
「どこへ動けばいいですか」
「今は待て」ガインは言った。
「三名の動向が見えてきてから判断する。動きが読めない相手に、先に動いても無駄足になる」
「わかった」
「ただし」ガインは続けた。
「常に動ける準備をしておけ。いつ指示が来ても、即座に動けるように」
「はい」
ロスタムは執務室を出た。
廊下に出た瞬間、胸の奥の温かさが、微かに揺れた。
いつもとは違う揺れ方だった。
何かを警告しているような。あるいは、何かを予感しているような。
「……何かが来る」ロスタムはつぶやいた。
それが何かは、まだわからなかった。




