第18話 深淵の目覚め
ツァド・クアが消えた。
その事実が世界に広まるまで、三日かかった。
帝国は勝利を宣言しなかった。ガイン・アスラ・カシュヤパが止めた。勝利と呼ぶには、まだ早いと彼は言った。
その判断は正しかった。
ツァド・クアが霧散した場所を、帝国の分析部門が調べた結果、一つの結論が出た。
「消滅ではありません」トロイメル・デューンが報告した。
「霧散です。暗黒想念の凝縮体が分解された。しかし完全には消えていない。残滓が、どこかへ向かっている」
「どこへ」ガインは言った。
「深い次元の彼方へ」トロイメルは言った。
「そこに、より大きな存在がいる。ツァド・クアの残滓は、その存在と合流するように移動している」
「ダゴンか」
「おそらく」
ガインは窓の外を見た。
メタ・シャルマの空は青かった。しかしその青の向こうに、何かがいることを、ガインは感じていた。
「いつ来る」
「わかりません」トロイメルは言った。
「しかし来ます。ツァド・クアを倒した力がこの世界にある以上、ダゴンは来る」
ガインは頷いた。
「準備を始める。全戦力の再編成と増強だ」
ロスタムは、ツァド・クア撃破から一ヶ月の間に超印五つ目を取得した。
戦闘中の極限状態で、気体融合が初めて発動した。空気と融合し、瞬間的に超高速移動が可能になった。それが安定して使えるようになるまで、さらに二週間かかった。
超印五つ目。
Aクラスの上位に位置する力だった。超印六つ持ちとの差は縮まっていたが、まだ開きがあった。
「六つ目まで、あとどのくらいかかると思う」ロスタムはクレイグに聞いた。
「そればかりは」クレイグは言った。
「タイミングだ。力が積み重なり、何かの瞬間に刻まれる。予測できない」
「わかった」
「しかし」クレイグは続けた。
「お前の成長速度は、これまで俺が見てきた誰とも違う。急いでいるわけでもないのに、自然と積み重なっていく」
「ブリリアント・クイーンのおかげかもしれない」
「それだけじゃないと思うが」クレイグは言った。
「まあ、急ぐ必要はない。来た時に来る」
「わかった」
ロスタムはその夜、エリナの元を訪れた。
「来たか」エリナは言った。
「来た。ダゴンについて知っていることを教えてくれ」
「そのために来たのか」
「それだけのためではないが、今日はそれが主な目的だ」
エリナは少しの間、考えた。
「ダゴン……私の知識では限界がある。しかし文献に断片がある。飲み込む深淵と呼
ばれる存在。ツァド・クアが侵食する闇なら、ダゴンは全てを取り込む力を持つ」
「弱点は」
「物質系の攻撃が有効だという記録がある」エリナは言った。
「超振動、衝撃波。そして」
「そして」
「回復系の魔法が有効だという記録もある」エリナは言った。
「奇妙な弱点だが……ダゴンの力は全てを腐敗させる方向に働く。回復の力はその逆方向だ。相性が最悪になる」
「逆に、耐性は」
「神霊系、魔術系、精神系には強い」エリナは言った。
「ツァド・クア戦で活躍したバルト・ロメオや精霊系の力は……ダゴンには通じにくい可能性がある」
「つまり、前回と全く違う戦い方が必要だということか」
「そうだ」エリナは言った。
「物質融合を持つお前が、今度も鍵になる可能性が高い」
「わかった」ロスタムは言った。
「ありがとう」
「礼はいい」エリナは言った。
「ただし……次に来た時には、もっと難しい問いを持ってこい」
「厄介な注文だな」
「それが楽しい」エリナは言った。その目が、笑っていた。




