第1話 辺境の若者
◇◇◇◇
ロスタム・ジークという名の若者がいた。
彼が生まれ育ったのは、大陸の南方にある小さな部落だった。名前もない部落だっ
た。地図に載っていない。帝国の記録にも存在しない。人口は二百人足らずで、全員
が血縁か婚姻で繋がっていた。
部落の周囲は、深いジャングルに囲まれていた。
文明とは無縁だった。ブリル・ドライブも、ヴィマーナも、帝国の法も、この部落
には届いていなかった。彼らは太古から変わらない方法で生き、狩りをし、作物を育
て、子を産み、老いて死んでいった。
それがこの部落の在り方だった。
ロスタムは、その部落の若者たちの中でも一際目立つ存在だった。体格が良く、動
きが速く、判断が早かった。しかしそれ以上に目立つのは、その性格だった。
仲間のためなら、自分を顧みなかった。
子供の頃から、そうだった。誰かが危険な目に遭えば、自分が傷ついても助けに行
った。誰かが食べ物に困れば、自分の分を分けた。それは計算ではなく、本能だった。
考える前に体が動いていた。
「ロスタム」と仲間たちはよく言った。「お前はいつか、それで死ぬぞ」
「そうかもな」とロスタムはいつも笑いながら答えた。
しかし本当にそう思ってはいなかった。死ぬとは思っていなかった。ただ、仲間が
危ない時に動かないという選択肢が、ロスタムの中には存在しなかった。
◇◇◇◇
その日の朝、ロスタムは仲間たちと狩りに出た。
七人だった。全員が同じ年頃の若者で、幼い頃から共に育ってきた仲間だった。
狩りのルートは決まっていた。部落から東に二時間歩いた先にある川辺が、獣の水
飲み場になっていた。毎朝そこで待ち伏せをすれば、一定の収穫が見込めた。
しかし今日は獲物が少なかった。
「もう少し奥に行ってみるか」とリーダー格のカリムが言った。
「どのくらい奥に」とロスタムは聞いた。
「北に半時間ほど。昨日、そこで大きな足跡を見た」
ロスタムは少し考えた。
「禁忌の区域の手前まで、か」
「手前まで、だ。中には入らない」
全員が頷いた。
禁忌の区域。それは部落の古老たちが定めた、立ち入り禁止の場所だった。かつて
そこに入った者が帰ってこなかったという言い伝えがあり、子供の頃から「入るな」
と教えられてきた場所だった。
七人は北に向けて歩き始めた。
◇◇◇◇
禁忌の区域の手前にある茂みで、七人は待ち伏せをした。
一時間が過ぎた。
獲物は来なかった。
「方向を変えるか」とカリムが言った。
その時だった。
地面が、揺れた。
微かな振動だった。最初は風が木を揺らしているのかと思った。しかし風は吹いて
いなかった。振動は地面の奥から来ていた。
次に、音が来た。
音というよりは、圧力だった。空気が押し出されるような感覚が、前方から届いた。
木々が揺れた。鳥が一斉に飛び立った。
「何だ」とカリムが言った。
誰も答えられなかった。
そして姿が見えた。
最初は木々の向こうに、巨大な影だと思った。しかしそれは影ではなかった。木が
一本、また一本と、根ごと薙ぎ倒されながら、その影が近づいてきていた。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。
しかしロスタムは、逃げなかった。
その影の全貌が見えた瞬間、ロスタムの足が、止まった。




