第10話 ヴァルガスの影
◇◇◇◇
調査隊の生存者たちへの聴取が終わり、帝国の情報部門が動き始めてから一週間が
過ぎた頃、一つの報告がガインの元に届いた。
ガインは報告書を読んだ後、長い間黙っていた。
執務室に入ってきたクレイグが、その様子を見て足を止めた。
「司令」
「クレイグ」ガインは言った。
「ヴァルガス・クロイツの現在の状況を確認してくれ」
クレイグが固まった。
「……ヴァルガスですか」
「そうだ」
「ヴァルガスは、ヨトゥン・ヘイムに幽閉されているはずです。数十年前に外法認定
を受けて以来」
「確認してくれ」ガインは言った。
「今すぐ」
クレイグが出て行った。
ガインは報告書を再び見た。
島の地殻変動を分析した結果、発生源が特定された。ブリル・ドライブが特定の周
波数で共鳴した際に生じる地殻への影響と一致する、という分析結果だった。
そしてその周波数の操作は、外部からの制御では不可能だった。ヨトゥン・ヘイム
の内部から、何者かがブリル・ドライブを操作した痕跡があった。
ガインは目を閉じた。
◇◇◇◇
クレイグが戻ってきた。
その顔が、青かった。
「報告します」クレイグは言った。
「ヴァルガス・クロイツの収容セルは……空でした」
「いつからだ」
「確認の結果、少なくとも数週間前から不在の可能性があります。しかし結界が維持
されていたため、内部の詳細な確認が遅れた模様です」
「脱走ではなく、内部から操作したということか」
「……それしか考えられません。結界が外から破られた形跡はない。内側から、ブリル・ドライブを操作し、地殻を動かした」
「つまり」ガインは言った。
「島を浮上させたのは、ヴァルガスだ」
クレイグが黙った。
長い沈黙があった。
「……ヴァルガスは」クレイグは言った。
「俺が知っている頃は、真面目な男でした。規律を重んじ、仲間思いで。なぜ外法になったのかも、当時は納得できなかった」
「禁忌とされたブリル・ドライブの使用法を試みたからだ」ガインは静かに言った。
「その動機は……本人なりの理由があった。間違った方法だったが、動機は純粋だった」
「司令は知っていたのですか、その理由を」
「知っていた」ガインは言った。
「だから長年、引っかかりがあった」
「しかし今のヴァルガスは」
「変わった」ガインは言った。
「幽閉の中で、変わった。何かに感染した。島を浮上させ、ツァド・クアの覚醒を手助けした。それが今のヴァルガスだ」
◇◇◇◇
ガインがその話をロスタムに告げたのは、翌日のことだった。
「ヴァルガス・クロイツという者を聞いたことがあるか」
「ない」
「元アシュヴィン金将隊の隊員だった。俺の直接の部下だった」ガインは言った。
「優秀だった。規律を重んじ、どんな任務も全うした。しかし間違いを犯した。禁忌の
ブリル・ドライブを試みた。外法認定を受け、幽閉された」
「あなたの部下が」
「そうだ」ガインは言った。
「俺は……あの時、止められたかもしれない。気づく機会があったかもしれない。しかし気づかなかった」
ロスタムは、ガインが珍しく感情に近いものを見せていることに気づいた。
「その方が、島を浮上させた」ロスタムは言った。
「そうだ」
「なぜヴァルガスがそんなことを」
「幽閉の中で……何かに感染したと思われる」ガインは言った。
「闇の御子が遠隔で精神波を放出し、長年の幽閉で積み重なった孤独と怨念に付け込んだ。そしてヴァル
ガスは、気づかないうちに闇の道具になった」
「それは……ヴァルガスの責任ではないのではないか」
「法の上では責任がある」ガインは言った。
「しかし俺の中では……ヴァルガスは被害者でもある」
「矛盾しているな」
「矛盾している」ガインは認めた。
「しかし現実はそういうものだ。法と感情は、常に一致しない」
ロスタムは黙った。
エリナとの対話が浮かんだ。法が間違っている場合は、という問いが。
「司令」ロスタムは言った。
「ヴァルガスは今、どこにいるのか」
「わからない」ガインは言った。
「しかしいずれ、帝国の前に現れる」
「その時、どうするのか」
ガインは少しの間、黙った。
「それを考えている」ガインは静かに言った。
「答えは、まだ出ていない」
その答えが出るのは、ずっと後のことだった。
クライマックスの夜に。
ロスタムが「あなたの手で終わらせていいんですか」と問いかける、あの夜に。




