第三十七話 オープンキャンパス一日目 午後 御影の手伝い ー策略ー
中庭。
人の流れ。案内の声。
整理されたざわめき。
ここにも人だかり――大盛況だ。
その中で。
春日は、変わらず動いていた。
「こちらへどうぞ」
「足元にお気をつけください」
(やっぱり、動きがうまい…)
弓場は、少しだけ目を細める。
一歩、踏み出す。
「お疲れさま、説明係さん」
春日が振り向く。
「あ… 弓場さん」
「うん、来たよ」
軽く言う。
一拍。
「やっぱり、面白い動きしてる」
春日は、わずかに言葉に詰まる。
(変わらないね)
そのとき。
「景子」
声が入る。
「もう捕まえたの?」
弓場は、振り向く。
そこにいたのは――御影。
椅子に座ったまま、資料を閉じる。
「相変わらず、早いね」
弓場は、少しだけ笑った。
「そっちこそ」
「彼があのお弟子さん?」
春日の肩が、わずかに揺れる。
「“こんなの”って言うな」
御影は、軽く笑う。
「そう。クラスは違うけどね。彼が春日くん」
一拍。
「――で?」
視線が変わる。
弓場へ。
「どう?」
短い問い。
弓場は、春日を見る。
それから、御影へ戻す。
「いいね」
「かなり」
即答。
御影は、小さく頷く。
「でしょ?」
どこか楽しそうに。
「で?」
弓場は、少しだけ間を置く。
「避けてるんじゃないよね」
「当たらない位置にいるんじゃなくて」
「最初から、“当たる場所にいない”」
御影は、無言で聞いている。
「足も」
「踏み込みに合わせて、半歩ずらしてる」
「相手の軌道に入って、外してる」
一拍。
「……そんな感じ?」
試すように。
だが、かなり踏み込んだ。
「あ~~ そっちね」
御影は、くすっと笑う。
「相変わらずだね」
軽く。
「よく見てる」
弓場は、肩をすくめる。
「そっちに仕込まれたからね」
春日が、わずかに二人を見る。
(……知り合い?)
御影は、気にした様子もなく言う。
「で?」
「それ、どうするの?」
弓場は、すぐには答えない。
「どうするって?」
「せっかく見つけて、呼んだんだからさ」
御影の声は、静か。
「こんな面白いの」
「……の?」
春日が、小さく聞き返す。
御影は気にせず続ける。
「何かするでしょ?」
弓場は、少しだけ笑った。
「怖いなぁ」
「でも――観察からかな」
「今はね」
御影の眉が、わずかに動く。
「へぇ」
「丸くなった?」
「逆でーす」
弓場は、軽く返す。
「やっぱり怖ーい」
二人そろって笑う。
春日は完全に置いてきぼりだ。
自分の話なのに。
「名前、ちゃんと名乗った?」
御影が言う。
「名字だけはね」
弓場は、春日の方を向く。
「向洋高校、一年生」
「弓場景子です」
御影が、口を挟む。
「幼馴染」
さらっと。
春日が、少しだけ目を見開く。
「そうなんですか」
「昔から、こういうの好きでね」
御影は、弓場をちらりと見る。
「見つけて、いじるの」
「え? そこ?」
弓場は笑う。
「人聞き悪いなぁ」
御影が続ける。
「景子は空手の黒帯なんだよ」
「結構、強いよ」
弓場は否定しない。
にっこりと、春日に笑いかける。
そして。
御影は、少しだけ声を落とす。
「景子――」
一拍。
「やりすぎるなよ」
弓場は、少しだけ笑った。
「どうかな~」
ほんの少しだけ。
間。
(まぁ……今日は、ね)
「どうかな~」
少しだけ、笑って。
(まぁ、今日は――ね)
春日は――
二人を見ていた。
分からない。
何を話しているのか。
何が決まっているのか。
ただ。
――自分が、その中に“含まれている”ことだけは分かる。
そのとき。
御影が、おもむろに口を開いた。
「2時半くらいに休憩入るから」
「そのときに――準備、やろっか」
「だね~~」
弓場が、軽く乗る。
楽しそうに。
完全に、話が進んでいる。
「え?」
春日が、ようやく声を出す。
「何をですか?」
「ん?」
御影が、いたずらっぽく春日を見る。
「分かんないの?」
(出た……)
春日の中で、警戒が走る。
(御影さんの、この顔……)
(澪先輩とは違う方向で、厄介なやつだ)
「プロテクターある?」
「もう用意してあるよ。景子の分だけ」
「さすが江梨子、分かってる~~」
二人が、楽しそうに笑う。
完全に、置いていかれる春日。
「でも御影さん」
なんとか口を挟む。
「3時から、演舞場でデモがありますよ」
「知ってる知ってる」
あっさり。
まったく気にしていない。
「それまでに――」
御影が、さらりと言う。
「春日くんは、準備お願いね」
一拍。
逃げ道はない。
「……はい」
短く。
受け入れるしかなかった。
その横で――
弓場が、楽しそうに目を細めている。
(やっぱり、面白い)
(壊れるか、残るか)
(ちょっと、見てみようかな)




