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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第三十六話 オープンキャンパス 昼休み 

昼休みの時間


学食はいつも以上に賑わっていた。

見学者と在校生が入り混じり、席はほぼ埋まっている。


ざわめきと、食器の触れ合う音。

オープンキャンパス特有の、少し浮ついた空気。


その中で。

「……遅い」


ぽつり、と澪が言った。


「申し訳ありません」

春日が、やや息を切らせてトレイを置いた。


「ホット、です」


「うん」


澪は一口飲んで、満足そうに頷く。


「逃げ足は一流だったね」


「……生存本能です」

真顔で返す。


「良い判断」

あっさり肯定。



周囲のざわめきが、少しだけ遠く感じる。


「……で?」


澪が、カップを傾けたまま視線だけを向ける。


「私に聞きたいことがあるんだろ」

「何でも聞き給え 飼い主として答えて進ぜよう」


「はい! 」


(即答かい)

(もうペットの自覚もあるんかい!)


「澪先輩は、なぜ居合を続けているのですか?」


「それ聞く?」

少し笑う。


「家が居合道場だから、で終わりじゃない?」


「ですが――」


春日の目が、真っ直ぐになる。


「違う選択肢もあったはずです」

「なぜ、居合なんですか?」



澪は、カップを揺らす。

「ほ~~~」


少しだけ、からかうように。


「私ならアイドルの道もあったかも、って?」


「アイドルはちょっと……」

即答。


「そこは乗りなさいよ」

小さく笑う。


「まぁ、いい」


カップを置く。


「別に、家の流派に“縛られてる”わけじゃないよ」


「……はい」


「他のこともやるし、必要なら何でも使う」


「知っています。以前に、ぶん投げられましたから」


「根に持ってる?」


「いえ。むしろ、感謝しています」


「それならいい」

軽く流す。


そして。


ほんの少しだけ、声の温度が変わる。


「でもね」


春日が、わずかに息を止める。


「家の流派は――好きだよ」

まっすぐ。

迷いのない言葉。


「え?」


「なら、なぜ拘らないのですか?」


その問いに。


澪は、少しだけ目を細めた。

「……大好きだから」




「好きなものってさ」

カップを指でなぞる。


「そのまま持ってるだけじゃ、足りないでしょ?」

静かに。


「崩してみたりしたくもなるし、試したくもなる」


「外と比べて、ぶつけたくなる」


春日の視線が、揺れる。


「だから――」

澪は、少しだけ笑った。


「私は、拘らない」



「その方が、ちゃんと好きでいられるから」


澪の言葉が、静かに落ちる。


ざわめきが戻ってくる。

食器の音。

笑い声。


だが――


春日の中だけが、止まっていた。


「……すみません」

ぽつりと。


「分かりません」

正直な言葉。


澪は、少しだけ目を丸くする。


「お、珍しい」


「はい」


春日は、まっすぐに頷いた。


「好きなものは――そのまま」

「変えずに」

「崩さずに」

「そのままの形で、あってほしい」

「残すものだと、思っていました」


一つひとつ、確かめるように言う。


「だから……」

少しだけ言葉を探す。


「壊す、崩す という発想がありません」

「試す、というのも……分からないです」


首を横に振る。

「いえ……自分には、怖いです」


その言葉に。

澪は、ふっと息を抜いた。


「うん」

あっさりと。


「それでいいと思うよ」


春日が顔を上げる。

「……いい、のですか?」


「いい」

即答。


「むしろ、その方が普通だね」


一口、カフェオレを飲む。


「私はたぶん、“確かめる側”だよ」


「確かめる……」


「好きなものが、どこまで通じるのか」

「どこで壊れるのか」

「何を混ぜても残るのか」


静かに言う。

「それを知りたい」


春日は、黙って聞いている。


「だから、拘らない」

「……でも」

「それでも、やる」



「壊しても」

「なくしても」


「――戻す」


澪の視線は、まっすぐ。


「それごと、好きだから」


春日は、言葉を失う。

理解は、できない。


だが――

否定も、できない。


しばらくの沈黙。


やがて。

「……やはり」


ぽつりと。

「分かりません」

もう一度。


だが今度は――

少しだけ、柔らかい。


澪は、小さく笑った。


「でしょ?」

軽く言う。


「無理に分かる必要もないよ」

カップを置く。


「たぶん、人それぞれだから」


「そのうち、分かるかもしれないし」

「一生分からないかもしれない」


肩をすくめる。

「どっちでもいい」


春日は、ゆっくりと頷いた。

「……はい」


そして。

ほんの少しだけ。

考える。


自分の中には、まだない気がした。


ーーーーーーーーーーーーーー


――そのとき。

「ねえ」


春日が、顔を上げる。


一人の少女が、トレイを片手に立っていた。


「隣、いい?」


春日は一瞬だけ澪を見る。

澪は、特に気にした様子もなくカフェオレを傾けている。


「……どうぞ」


春日が答えると、少女は軽く笑った。


「ありがとう」


そのまま、迷いなく座る。


トレイを置く音が、小さく鳴る。


少女は、ちらりと春日を見る。


「さっきの――“説明係”さんですよね」


春日の動きが、わずかに止まる。


「……はい」


短く答える。


少女は、少しだけ目を細めた。


「さっきは、ありがとうございました」


「すっごく、面白い動きしてましたね」


飾り気のない言い方。

評価とも、感想ともつかない言葉。


「初めまして」


「向洋高校の、弓場といいます」


軽く頭を下げる。

自然な自己紹介。


だが。


その視線は――

まだ春日から外れていない。


(向洋高校……)

澪は、カップを傾けたまま、ほんのわずかに視線を向ける。


(単位制……自由度が高い分、“変なの”も混じってる学校ね)

(たしか、スポーツ科学学科があったはず…)


(面白いの、来たね~)


ほんの少し口元が、緩んだ。


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