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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第三十五話 オープンキャンパス一日目 午前 説明係が一番危ない  ―そしてその上がいるー

剣士学園の練習場。

ざわめき。

明るい声。


木刀の打ち合う音と、笑い声が混ざる。


剣士学園のオープンキャンパスは、普段の張り詰めた空気とは違っていた。

見学者、体験者、他校の武道経験者――様々な人間が入り混じり、場は活気に満ちている。


その一角。


「はい、次の方どうぞ」


春日は、淡々と声をかけた。


列ができている。


――説明係。


澪に「ちょうどいいでしょ」と半ば強引に押し付けられた役目だが、

その対応は、驚くほど丁寧で、分かりやすかった。


「剣は無理に振らなくて大丈夫です。まずは構えだけでも――そう、その位置で」


初心者の中年男性が、おぼつかない手つきで木刀を構える。


「では、軽く打ってみてください」


振る。


遅い。

軌道も甘い。


春日は一歩、半歩だけ身体をずらす。


カン、と乾いた音。


木刀は、春日の肩をかすめることすらなく、空を切った。


「今のは“当たる位置にいない”だけです」


柔らかく言いながら、軽く木刀を添える。


――トン。


「……え?」


気づいた時には、男性の手元は崩され、体勢はわずかに前へ流れていた。


「無理に力を入れるより、まず距離と位置を覚える方が大事です」


「す、すごい……」


周囲から、小さなどよめき。


春日は特に誇る様子もなく、次へと促す。


その隙間で。


別の体験者――高校生くらいの少女が、興味深そうに見ていた。


長いポニーテール。

体つきは細いが、無駄がない。


「ねえ、それ……今の」


少女が声をかける。


「剣じゃなくて、身体で避けてたよね?」


春日は一瞬だけ視線を向けた。


「… はい。少しだけ」


「少しだけ、ねぇ……」


少女は一歩、踏み出す。


「じゃあ、これ――剣使わないで、いける?」


そう言って、木刀を脇に置いた。


周囲がざわつく。


「素手、ってことですか?」


「そう。どうせ見せるなら、そっちの方が面白いでしょ?」


軽い調子。


だが、その目は、明らかに経験者のそれだった。


春日は一瞬、考える。


(……澪先輩に怒られるか)


ほんのわずか、間。


「軽く、なら」


「十分」


少女は構える。


――無駄のない前傾。


足運びも静か。


「どちらの学校から? 格闘系ですか?」


「まあね。そんなとこ 名前は――要らないでしょ」


ニヤリ、と笑う。


「見せてよ。“剣士学園の説明係”さん」


次の瞬間。


少女が踏み込んだ。


速い。


拳が一直線に伸びる。


だが――


スッ


春日の身体が、わずかに外れる。


当たらない。


「……は?」


そのまま、手首を軽く押される。


体勢が崩れる。


足がもつれる。


トン、と背中に触れられる。


「はい、終わりです」


「……今の、何?」


少女が目を見開く。


春日は、いつもの調子で答える。


「ただの、避けと崩しです」


「ただの、ねぇ……」


その様子を、少し離れたところから見ていた数人の学生。


同じく他校の制服。


その中でも体格の有る一人が、鼻で笑った。


「なんだよ、それ」


低い声。


「避けてるだけじゃん」


別の一人が続く。


「当てる気ないなら、そりゃ当たらないだろ」


「実戦なら意味ないって」


くすくす、と笑いが混ざる。


「剣士学園って、こんなレベルなの?」


空気が、少しだけ変わる。


春日は、何も言わない。


ただ――静かに、その方向へ視線を向けた。


ざわめきの中心。

笑い混じりの空気。


「剣士学園って、こんなレベルなの?」


その言葉が、わずかに尾を引いた。


春日は何も言わない。

ただ、静かに威圧的な視線を向ける。


――そのとき。


「春日くん……そこまでにしなさいね」


すっと、間に入る影。


「澪先輩」


春日がわずかに頭を下げる。


澪は一歩前へ出た。

視線は、馬鹿にした学生たちへ。


「説明の邪魔です。あと――」


一拍。


「見学なら、ちゃんと“見る目”を持ちなさいね」


軽く言ったが、空気が締まる。


「……は?」


先ほどの学生が一歩前に出る。

腕を鳴らす。


「じゃあさ、あんたがやる?」


挑発。

周囲がざわつく。


澪は、少しだけ首を傾けた。


「えぇ… いいわよ」


あっさり。


「でも――女性の剣士なので、木刀を使ってもいいかしら?」


「あんたが剣士?」


露骨な嘲り。


華奢で小柄。

一見して、非力な少女にしか見えない。


「木刀でもなんでもいいよ~ お嬢ちゃん」


澪は、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます」


――その笑みに。


春日の背中が、わずかに凍える。

身震いがする。


「では……よろしくお願いします」


澪は、静かに礼を取る。


対する学生は、指をさして笑っている。


「じゃ、始めようか」


学生が、軽く構えを取る。


――次の瞬間。


視界から、澪が消えた。


鋭い踏み込み。


抜き打ち。


木刀が、一閃。


「っ……!」


手関節。


正確に打ち抜かれた痛みに、学生の顔が歪む。


その反応よりも早く――


ドス。


胸へ、まっすぐな平突き。


ぶれのない刃筋。


まるで、線を引くように。


肋骨の隙間へ、正確に“届いていた”。


「……ぁ……」


膝が落ちる。


両膝をつき、うなだれる。


――その姿勢。


まるで。


処刑を待つ、罪人のように。


澪は、止まらない。


流れるように、次の動作へ移る。


一歩。


半身。


振り下ろし――


それは、居合形「介錯」。


本来ならば。


この位置から、首を落とす。


その“寸前”で。


止めている。


静かに。


納刀。


そして――礼。


一連の動きに、無駄は一切ない。


春日が、ぽつりと呟く。


「……綺麗……」


「そう? ありがとう♪」


澪は、いつもの調子で笑った。


一拍。


――そして。


歓声と拍手が、遅れて爆発する。


だが。


学生は、終わっていなかった。


痛みに顔を歪めながら、無理やり立ち上がる。


「……おまえ、舐めてんのか……!」


踏み込む。


今度は、本気。


拳が一直線に伸びる。


――次の瞬間。


視界が、揺れた。


「……え?」


気づけば。


身体が宙を回っていた。


ドン、と背中から落ちる。


息が詰まる。


何が起きたか、分からない。


澪は、そのまま視線を落とす。


「終わりましたよ」


静かに言う。


先ほどの歓声が、一瞬で消えた。


学生は、かろうじて体を起こす。


だが――立てない。


「……いまの……何だよ……」


そのとき。


「――失礼いたします」


低く、よく通る声。


人混みの外から、一人の男が歩いてきた。


年は四十前後。


無駄のない所作。


男は澪の前で止まり――


深く、頭を下げた。


「ご無沙汰しております お嬢様」


ざわめきが、再び広がる。


澪は、わずかに目を細めた。


「……ああ。来てくれたんですね、深江さん」


「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


男は顔を上げ、倒れている学生へ視線を向ける。


「……その者、うちの門下生です」


「そう」


澪は、特に気にした様子もなく頷く。


男は、再び頭を下げた。


「ご指導、ありがとうございます」


「指導じゃないわ。たまたま居ただけ」


一拍。


「でも――礼節は、ちゃんと教えてあげて」


淡々とした声。


男は、今度は深く頭を下げた。


その態度は、明らかに“格上に対するそれ”。


地面に座ったままの学生が、それを見ている。


目が、揺れる。


「……先生……?」


信じられない、という顔。


「……先生が……頭、下げて……?」


男は振り返る。


その視線は厳しい。


「無礼だ。立て」


「っ……!」


反射的に立ち上がる。


「この方は、私が学びに伺っているお方だ」


一言。


空気が、凍る。


「え……?」

「……は?」


周囲も、息を呑む。


澪は、小さくため息をついた。


「大げさ~」


「いえ、事実です」


即答。


再び、深い礼。


――その光景。


門下生たちの顔は。


完全に、引きつっていた。


(……やばい)

(……これ、やばい人だ)

(……俺、さっき何言った?)


視線が泳ぐ。


挙動がおかしい。


澪はそれを一瞥してから、くるりと背を向けた。


「春日くん」


「はい」


「続き。ちゃんとやって」


「……はい」


何事もなかったかのように。


場は、再び明るさを取り戻していく。


だが――


一人だけ。


その学生だけは、ぎこちないまま固まっていた。


まるで、見えない何かに怯えるように。


その様子を、少し離れた場所で見ていた少女が、ぽつりと呟く。


「……あれ、絶対に後が  ヤバいやつだね」


小さく、笑った


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ところで――春日くん」


「はい?」


「さっき、私の笑顔見て……震えてたよね?」


にこり。


逃げ場のない笑顔。


「いえ……その……急に背中に寒気が……」


「ふ~~ん?」


一歩、近づく。


春日、半歩下がる。


「じゃあさ」

少しだけ、楽しそうに。


「二人で、あったまろっか」


「はい!」

即答。


だが次の瞬間。


「春日!」


「ホットのカフェオレ!」


「今すぐ!!」


「了解しました!!」


反転。


全力疾走。


――誰よりも速く。

その場から離脱した。


澪は、その背中を見送りながら。


「……逃げ足だけは一流だね」




少し離れたところで見ていた、さきほどの少女。


「……あれも、完全に上下関係できてるよね~」

「しかも、たぶん本人は気づいてないやつ」


視線は、走り去った春日の背中へ

「やっぱり来てよかった」


「……今日の説明係が、一番危ないって聞いたけど」


小さく笑う

「ーーその上がいるの、聞いてないけど」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


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