第二十六話 勝っても残らないもの ー切っ掛け 積み重ねてー
試合場。
静まり返った空気の中で、春日は立っていた。
対峙する相手は、二年の剣士。
正統な構え。迷いのない眼。
「始め」
相手が先に動く。
踏み込み。
一直線の斬撃。
春日は、半歩ずらす。
間合いを外す。
距離を保つ。
相手が追う。
二手目。 三手目。
圧をかけてくる。
その間に。
春日の手が動いた。
手裏剣。
低く、速く。
相手の視線が、わずかに落ちる。
弾く。
だが、その一瞬。
間が、揺れる。
踏み込む。
そのまま、懐へ。
近い。
近すぎる距離。
相手が戸惑う。
「……っ!」
振り上げるが、遅い。
春日の身体が内に入る。
腕を払う。
崩す。
足をかける。
落とす。
打突。
そして、止め。
「……一本」
静かな声。
試合終了。
春日は、すぐに離れた。
息を整える。
視線を落とす。
勝った。
(……これでいいのか)
分からない。
勝った、という事実だけが残る。
――――――――――――――――
試合後。
訓練場の端。
御影が、待っていた。
「勝ったね 春日君」
「……はい。ありがとうございます」
短く答える。
一拍。
「で?」
視線が、まっすぐ向く。
「なんで、今さら手裏剣やってるか――分かった?」
その問い。
前にも、聞かれた。
答えられなかった問い。
春日は、黙る。
考える。
言葉を探す。
だが――
出てこない。
「……分かりません」
絞り出すような声。
御影は、何も言わない。
「強くなるため、だと思ってました」
「でも」
言葉が、続かない。
「さっきの試合も」
「手裏剣じゃなくても…… 良かった…」
止まる。
「御影さんの言う通り…
あえて拘なくても、よかった気がする」
沈黙。
「じゃあ、なんで?なんてでしょうか?」
御影の声は、明るい。少しだけ柔らかい。
(……眩しい)
御影の明るくて柔らかな雰囲気が
春日には少しだけ遠く感じる。
「……分からない」
繰り返すしかない。
「何をやってるのかも」
「何をしたいのかも」
「……分からない」
言い切る。
そのあと、言葉は続かない。
御影は、ゆっくりと歩きだした
「そっか… そうなんだね」
それだけ。
「じゃあ、もう一回だね」
「……え?」
「分からないまま。なら、やるしかないでしょ」
軽く明るく… 少し元気に…答える
「それに…」
春日は、顔を上げる。
「答え探すのは、あとでいいし。
止まる方が、もったいないしね」
その言葉。
どこかで聞いた気がした。
鷹宮先輩の言葉も…そう、
“強くなるために、破る”
その意味さえ、まだ分からない。
でも。
春日は、小さく頷いた。
「……はい」
御影は、もう興味がないように背を向ける。
「じゃ、またね」
軽く手を振る。
春日は、その場に残る。
手を見る。
手裏剣を投げた手。
崩した手。
どちらも――同じ。
(……分からない)
何も。
(でも)
分からないまま、進むしかない。
澪先輩なら… どうする?
澪先輩なら… きっと…
「御影さん!」
いつもより大きな声で御影を呼ぶ
振り返る御影。
「なに?」
春日は、一瞬だけ迷って――
「美味しいベーカリーのある店、知ってます!」
御影の表情が、止まる。
「……は?」
「澪先輩に教えてもらいました!」
「先輩、よく行くって!」
「このあと、一緒に行きませんか!
カフェ、奢ります!」
一気に言い切る。
御影は、完全に困惑した顔になった。
「……いや、意味が分からないんだけど」
「一緒に?」
「はい!」
「ごめん、遠慮しとくよ」
あっさりと、断られた。
春日は、少しだけ立ち尽くす。
分からない。
何もかも。




