第二十話 決勝 ー秋彼岸ー
武道館。
決勝戦。
ざわめきは、これまでとは質が違っていた。
期待。
高揚。
そして——確信。
今日、この場で。
頂が決まる。
「決勝戦——」
名が呼ばれる。
「本住吉流 本山雪」
一拍。
「——対」
「無所属 春日一成」
その名乗りと同時に。
春日は、静かに壇上へ上がった。
小太刀を携え。
余計なものは何もない。
ただ、それだけ。
歩みは、変わらない。
予選も。
二回戦も。
準決勝も。
すべて同じ。
定位置に立つ。
正面を見る。
——だが。
誰も、いない。
「……」
一瞬の違和感。
春日は動かない。
待つ。
観客席が、ざわつき始める。
「……来てない?」
「え?」
「どういうこと……?」
時間が、過ぎる。
審判が、確認に動く。
場内に、微かなざわめきが広がる。
春日は、ただ立っている。
(遅れているだけだ)
そう思う。
そう思おうとする。
だが。
視線が、自然と観客席へ向く。
探す。
鷹宮先輩。
澪先輩。
——いない。
「……」
その瞬間。
胸の奥に、何かが軋んだ。
理由は、わからない。
だが。
(来ない)
審判の声が、響く。
「規定により——」
その言葉を、最後まで聞かなかった。
「——本山雪、不戦敗」
「よって——」
「勝者、春日一成」
歓声は、上がらなかった。
代わりに。
ざわめきが、広がる。
春日は、動かない。
勝った?
勝ったのか?
何も、終わっていない。
手の中の小太刀が、やけに軽い。
(何も、掴んでいない)
ゆっくりと、息を吐く。
胸の奥で、何かが渦巻く。
怒りか。
悲しみか。
それとも——
「……なんで」
小さく、零れた。
誰に向けた言葉でもない。
ただ。
勝ちたかった。
戦いたかった。
あの剣と。
逃げられた、とは思わない。
そんな人間ではないと、知っている。
だからこそ。
余計に、わからない。
拳が、わずかに強く握られる。
春日は、顔を上げた。
視線は、まっすぐ前へ。
本来、雪が立つはずだった場所へ。
「……ふざけるな」
小さく、だがはっきりと。
空気が、止まる。
「なんでだよ……」
声が、漏れる。
抑えきれない。
「ここまで来て」
拳が、震える
「なんで、来ない」
怒りだった。
勝ちたかった。
戦いたかった。
あの剣と。
あの間合いと。
準決勝で見た。
あの完成された剣。
それを——
「なんで、ここで終わらせる」
「逃げていい立場じゃないだろ!」
その言葉には、怒りだけではない。
期待。
信頼。
そして——裏切られたような痛み。
すべてが、混ざっていた。
再び。小太刀を握る手に、力が入る。
強く。
その場を、動かない。
歓声はない。
ただ、ざわめきだけが残る。
決勝は、終わった。
その日。
決勝戦は、記録だけが残った。
だが。
本当の決着は——
春日の中では、何一つ終わっていなかった。




