第十九話 届かぬ先、届く先 ー定と揺ー
ざわめく武道館。
本住吉流 本山雪。
渦が森流 鷹宮蓮。
首席と次席の試合。
前回は決勝での対決。
今回は準決勝。
観覧席は、この一戦を見ようとする人で埋め尽くされていた。
二人が立った瞬間、空気が変わる。
張り詰める。
雪は、八双構え。
無駄がない。
隙がない。
完成されている。
対する蓮は——
肩の力を抜き、ただ立っているようで、どこか揺れている。
正眼に近いが、定まらない構え。
「始め」
合図が落ちる。
雪は、動かない。
蓮も、動かない。
一歩。
先に踏み出したのは、蓮だった。
だがそれは——
“踏み込み”ではない。
歩くような一歩。
(遅い)
誰もがそう思った瞬間。
——来る。
雪の剣が動く。
無駄がない。
最短。
最速。
だが——
「……」
当たらない。
蓮は、そこにいなかった。
避けたのではない。
流れた。
雪の剣は正しい。
だが——
蓮は、その“正しさの外”にいる。
二合目。
雪が踏み込む。
横薙ぎ。
先ほどよりも明確な攻め。
(捉えた)
そう見えた瞬間。
剣が、蓮の鎬を滑る。
流される。
蓮の体は、わずかに沈んでいた。
それだけで——
軌道が外れる。
雪の目が、わずかに細くなる。
理解した。
(固定されていない)
(位置も、間も)
三合目。
雪は、変える。
踏み込まない。
間を詰めない。
“待つ”。
蓮が、わずかに止まる。
その一瞬。
雪の剣が動く。
届く。
だが——
完全ではない。
蓮の袖が、わずかに触れる。
軌道がずれる。
浅い。
「……今の」
蓮が呟く。
(雪……当てに来ていない)
(止めに来たな)
雪は理解する。
(今の間……澪に似ている)
ならば——
四合目。
雪がさらに間を詰める。
近い。
(ここに来るか)
長刀が——揺れる。
雪は、正面からでも横でもなく、
“崩れるように”間へ入り込む。
剣が蓮を追う。
だが——
追いきれない。
その瞬間。
蓮の足が、止まる。
(……今だ)
雪が踏み込む。
逆胴を狙う。
その瞬間——
蓮の剣が、そこにあった。
止まっていたのではない。
“置かれていた”。
胸元への突き。
寸止め。
完全な一本。
だが——
蓮の動きが、止まる。
静寂。
「……相打ち!」
審判の声。
蓮の下腿に、雪の長刀が寸止めされていた。
「さすが雪……ここで脛打ちかよ」
蓮が小さく笑う。
二人は開始線へ戻る。
雪は、静かに息を吐く。
(流れを止めたんじゃない)
(“流れが来る場所”に、先にいた)
蓮は——
動かなかったのではない。
“先に終わっていた”。
視線を、わずかに落とす。
「始め!」
合図と同時に、雪が動いた。
(押される前に、押し通る!)
長刀が、扇のように舞う。
踏み込みと遠心力を乗せた、重い斬撃。
蓮は、しのぎ切れず後退する。
そこへ——
横薙ぎ。
「くっ!」
蓮は、ぎりぎりで鍔元で止める。
長刀が跳ね上がる。
そのまま——突き。
蓮の胸元へ切っ先が伸びる。
「ちっ!」
蓮は転がるように避ける。
雪の連撃は止まらない。
体勢を戻す前に、切り下ろし。
(しのげない!)
蓮は崩れるように避け続ける。
圧倒的な連撃。
反撃の余地がない。
——その刹那。
雪が、飛び退いた。
その位置を、切り上げが通過する。
蓮は、崩れた体勢から“相打ち”を狙っていた。
(あの体勢で斬ってくるの……さすが先輩)
(あれを避けるのかよ……雪)
互いに、互いを理解している。
胸元への突きと脛打ち。
切り落としと崩れからの切り上げ。
どちらが有効かではない。
真剣であれば——終わっていた。
“斬られずに斬る”
それだけが問われている。
間合いを取り、対峙。
(遠いな……)
蓮は、雪の積み重ねを感じていた。
打刀では、間合いで負ける。
間合いの内でも、雪は長刀を振るえる。
速さは互角。
(なら——どう崩す)
雪も理解している。
力では、蓮に分がある。
だが——
長刀の重みと長さ。
それを“力”へ変えるのが、本住吉流。
(ここは……賭けるか)
蓮が、浅く右虎伏に構える。
(この間合いで虎伏?)
雪が一瞬、迷う。
(何かある)
(でも——引かない)
雪が踏み込む。
八双からの一閃。
蓮は、鎬で受ける。
力で止める。
軌道がずれる。
そのまま——
片手の平突き。
(入る!)
低い姿勢から、胸部へ。
だが——
当たらない。
雪は半身に外れている。
同時に。
蓮の突きも、長刀の軌道に押されて逸れていた。
交差。
その瞬間。
雪が動く。
弾かれた長刀の内側へ、身体を滑り込ませる。
切り返し。
蓮は、まだ刃を引き切れていない。
「——一本!」
「勝者、本山雪!」
静寂。
そして——歓声。
決勝へ進むのは、雪。
待つのは——春日。
「ありがとうございます 蓮先輩!!」
蓮は、静かに立っていた。
負けを認めた顔ではない。
次を見ている顔だった




