第十八話の後 勝者が一番うるさい日 ーサンセットー
放課後。
武道場の裏。
人の気配がないベンチ。
澪は、その背もたれの上に座っていた。
腕を組んで。
完全に——
拗ねている。
「……」
無言。
圧がある。
近づきたくないタイプの無言。
「……なんで俺がここに」
少し離れた位置に座る蓮が、ぼそりと呟いた。
巻き込まれている。
完全に。
「蓮」
「はい」
即答。
怖い。
「私、負けた?」
「……ええと」
蓮は一瞬だけ言葉を選ぶ。
(ここ、ミスると面倒だな……)
「形式上は、雪が勝ちですね」
「ふーん」
澪は、蓮を見下ろしたまま顔を逸らす。
「形式上って何?」
「その上… その後の試合 あなたは 勝ち って言われてた…」
「……」
(そこ拾う?)
「じゃあ、私と雪、実質は?」
「……互角、ですかね」
「でしょ?」
即答。
早い。
「でも、負けたって言われた」
「言われましたね」
「納得いかない」
「でしょうね」
蓮は、ため息をついた。
(なんで俺が慰め役なんだ……)
「だってさ」
澪が続ける。
「雪。最後、あれでしょ?」
「はい」
「ほぼ同時だったじゃん」
「まあ……タイミング的には」
「なのに“はい!雪の勝ち〜”って」
「審判はそう判断しましたね」
「……」
澪は黙る。
そして——
蓮の座っているベンチを、軽く叩いた。
「もう一回やれば勝てるし」
(始まった……)
蓮は、そっと目を逸らした。
「今の私、調子良いし」
「さっき負けましたけどね」
「うるさい」
即斬。
「だいたい雪もさ」
澪は続ける。
「なんであそこでああ来るの?」
「それは雪に聞いてください」
「聞いた」
「なんて?」
「覚えてないって……私、泣いてたから……だって」
「……」
蓮は、少しだけ遠くを見る。
(ああ、あれか……)
「意味わかんないでしょ?」
「まあ……雪らしい…」
澪は、むすっとしたまま黙る。
しばらくして。
ぽつりと。
「……楽しかったけど」
小さい声。
蓮は、何も言わない。
ただ、少しだけ視線を向ける。
「でもさ」
澪が顔を上げる。
「負けたのは負けたじゃん」
「……はい」
「悔しい」
素直だった。
蓮は、少しだけ笑う。
そのとき。
足音。
「失礼します」
振り返る。
春日だった。
「……あ」
澪の顔が、ほんの少しだけ変わる。
「稽古、終わりました」
「うん」
短い返事。
春日は、二人の空気を見て首を傾げる。
「……何か、ありましたか?」
「澪が拗ねてる」
蓮が即答する。
「拗ねてない」
澪が即否定する。
「……?」
春日は、さらに首を傾げる。
「試合で負けたのが悔しいって、澪は」
「だから拗ねてないって!」
「なるほど」
春日は素直に頷いた。
そして、少し考えて。
「では、もう一度やればいいのでは?」
「……」
「……」
空気が止まる。
澪が、ゆっくりと顔を上げた。
「それ」
「はい」
「今、私も言った」
「そうなんですか」
蓮が、こめかみを押さえる。
(増えた……面倒なのが増えた……)
「じゃあさ」
澪が立ち上がる。
「今から、一緒に練習しよう!」
「いいですよ」
春日、即答。
「ちょっと待って!」
蓮が止める。
「ここ、もう終わりですよ~」
「じゃあ明日」
澪。
「はい」
春日。
(決まるの早いな……)
澪は、少しだけ笑った。
さっきまでの拗ねた顔とは違う。
「……今度は、ちゃんと勝つから」
春日は、静かに頷く。
「はい」
そして、一拍。
「でも」
「?」
「澪先輩。さっきの試合……あの動き… 」
一瞬、言葉を選び。
「とても綺麗でした」
澪の動きが、止まる。
「……」
「また、見たいです」
少しの沈黙。
澪は、ふっと笑った。
「……ありがと」
その横で。
蓮が、ぼそりと呟く。
「……結局、機嫌直ってるし」
澪が振り返る。
「何か言った?」
「いえ、何も」
即答。
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一年生の間で、こんな噂が流れた。
あの鷹宮先輩が、湊川先輩に〆られていたらしい。




