第八十八話 千、一つへと ー澪ー
――その半歩が
勝敗を分ける
ーーーーー
静寂が戻る
雪が ゆっくりと息を吸う
長く 細く 吐く
構えは――変わらない
だが
“中”が変わる
ーーーーー
澪の眼が細くなる
(ここに於いても)
わずかに拍子を…
(変えてきた…)
ーーーーー
雪が
また、先に動く
これまでと同じ踏み込み
同じ起こり
同じ間合い
――に、見える
違う
一の太刀
踏み込みの“途中”で
止まる
観客には見えない
だが
澪には――見えた
(止めた?)
“流れが切れる”
その一瞬
澪の読みが
空を掴む
ーーーーー
雪は
その“空白”に
入る
切り返す
二の太刀
無駄のない
一閃
だが
届かない
澪は
“既にそこにいない”
(……そう来るよね)
澪の足が
わずかに滑る
消えるように
側面へ
だが
雪は
止まらない
三の太刀
返し
澪が合わせる
雪も踏み込まない
“置きにいく”
一太刀
躱す
澪が
往なす
いつも通りの
“確定の間合い”
抜刀
一閃
長刀が舞う
――受ける
間に合う
その刃を
澪の居合刀が伝う
間合いが斬られた
長刀で押し返す
居合刀が舞う
打ち下ろし
雪が躱す
長刀が再び
舞う
鎬で止める
弾く
薙ぐ
長刀の鍔元で止める
切っ先が回る
再び
澪の逆薙
再度、
鍔元で受ける
弾く
間合いが離れる
長刀が追う
弾かれる
離れる
ーーーー
遅れて
歓声
ーーーーー
「凄い…」
大石が呟く
弓場も御影も声が出ない
離れた観客席では
蓮が見ていた
何も言わない
(ふたりとも… )
横に新開地
同じく何も言わない
ーーーーー
(澪… 貴方って)
私の変えた動きに、
―ー乗せてきた
ーー上書きしてきた
(四半歩でも…)
遅かったら
ーー負けてた
ーーーーー
澪は雪を見る
深く見る
(私は…)
再び微笑む
(負けない… 決して…)
(そう、雪のためにも!)
ーーーーー
澪は三歩下がる
納刀
再び
抜刀術の構え
雪は静かに
脇構え
長刀の利を最大限に
活かす
澪が走り込む
脇構えからの薙斬り
長刀の扇が
ー開く
刹那の間合い
澪が
ー避ける
扇の間合い
その外にあった
切り返す
扇が縦に舞い上がる
澪が踏み込む
抜刀
一閃
扇と交叉
弾け合う
澪が押し勝つ
雪が下がる
三の太刀を
制しられた
澪が打ち下ろす
受けに徹する
弾け合う
澪が流れを
奪う
雪が大きく下がる
離れる
静寂が再び
壇上に流れる
ーーーー
壇の下
控え席の春日
何も言わない
何も言えない
ふたりの試合を
見つめる事しか
出来ない
ーーーー
観客席の蓮
静かに見つめる
そして
御影達…
声が出ない
声も出せない
ーーーー
雪が構えを返る
手添えの構え
澪は納刀し、
三歩下がる
ーーーー
技
数えればきりがない
知る
強くなったかのような
錯覚を生む
鍛えられる数は限られる
使える数はもっと限られる
使えたとして
技を知る者に
決めることは困難
ましてや
極みへと届かせる事は
至難の極み
多くの人は
技を知る機会を得ても
極みへの道を知らぬため
術理を外れ
技を失う
たとえ千の技を知ったとて
極められる技は
ひとつ ふたつ みっつ…
長い流れを必要とする
千の技は
一つの技を
俯瞰する術へと変わる
ーーーー
澪と雪の
学ぶ道は異なる
選ぶ筋も違う
されど
目指す頂は
変わらない
――その歩みだけが
違う
ーーーーー
春日は、気づいている
澪先輩は
多くの術理を使う
体術も
投擲も
変則的な剣も
だが、いつも
――直伝夢野流 居合術
外れない
多くの技は
澪先輩の中で
俯瞰の中に収まる
ひとつの術理へと
還っていく
それが――
澪先輩の守破離
ひとつに還すための
在り方
ーーーー
雪が澪を見る
(そこまで… )
眼に力が入る
(出せるの… )
静かに、息を吸う
構えは変わらない
(積み重ね… )
一瞬、雪の口元が緩む
戦慄の中に嬉しさがこみあげてくる
(私も…)
言葉は続かない
踏み込まない
ただ
一歩
澪の間合いへ…
――既に在る




