第八十七話 破の在り方 ー触れずして触れる者ー
大会最終日
決勝戦
静まり返る武道場
歓声はない
ただ
“見届ける空気”だけが、そこにあった
ーーーーーー
「いよいよだね…」
大石が呟く
誰も応えない
答えられない
ーーーーーー
控え席
雪の傍には
三年生の門下生達
師範代の雪を見ている
対面の澪
傍に春日のみ
澪も春日も
壇上を見ている
ーーーーーー
時間
ゆっくり
立ち上がる
登壇に礼を取る
無駄がない
そして
いつも二人で居る雰囲気とは
違う
呼吸も揃わない
拍子が違う
ーーーーーー
名乗りが上がる
「東 本住吉流剣術 本山雪」
雪は静かに一礼の動作
「西 直伝夢野流居合術 湊川澪」
澪は、一礼
そして、ただ立つ
その所作は常戦場
体現しているかのようである
開始線へ
ーーーーーー
静寂の武道館
「はじめ!」
そのひと言が
空気を割る
ーーーーーー
澪は居合の構え
空気が張る
雪は抜刀
八相の構え
体格
長刀
間合いは雪に利がある
わずかな
静寂
先に動いたのは
雪
真っ直ぐ、踏み込む
打ち込み
ただ
届かない
ーーーーーー
(……流石)
初太刀
空間を斬る
ーーーーーー
澪は
動いていない
いや、動いている
その所作が
観客席には読めないだけ
感じ取れたのは
対峙する雪
ーーーーーー
「外した?」
御影が呟く
(――触れられなかった)
ーーーーーー
深追いはしない
澪の初動
その的確さを知っている
あのまま入れば
負けていた
間合い
長刀を
置く
この空間は
(譲らない…)
ーーーーー
(雪… 何か掴んだ?)
雪の眼には…
余裕がある
形をなぞりながらも、
私の動きに合わせてる…
(春日との…)
形の中でありながら…
形を破り
守ってる
(これだから… 嫌い)
眼は…
笑っている
ーーーーー
春日は
澪の控え席
何も言わない
ただ
見ている
ーーーーー
わずかな呼吸
雪が動く
拍子が変わる
踏み込み
打ち込み
澪はそこに居ない
一太刀では終わらない
二、三――
間を斬る
詰める
だが
届かない
ーーーーー
雪の思考が、研ぎ澄まされる
(最初から――そこにいない)
ーーーー
“動きが残らない”
踏み込みも
重心移動も
すべてが
雪の
“起こりの前”で終わっている
雪の流れが、
澪の先読みに
届かない
ーーーーー
(澪の…)
雪が
間合いを大きく取る
再び構えを
八相に取る
(動きって…)
ゆっくりと
長く
息を吐く
(やっぱり 綺麗…)
ーーーー
再度、
雪が踏み込む
大きく
斬り降ろし
斬り上げ
薙斬り
引く
構え直す
再び
踏み込む
一の太刀
薙斬り
二の太刀
斬り上げ
三の太刀
打ち下ろし
長刀を返す
回す
構え直す
拍子を変え
一太刀
二、三――
間を斬る
全て
空を斬る
全て
澪の前を斬る
踏み込みの前には、
既に終わっている
ーーーーー
観客席からは
雪の連撃と
澪の受け
まるで
息のあった
演武
そして
初めて知った
澪のわずかな所作
それだけで
間合いを変えている
歓声が上がる
武道館を震え上がらすほどに
ーーーー
ゆっくり八相の構えを崩す
打ち込み
一の太刀
薙斬り
二の太刀
踏み込む
拍子を
崩す
打ち下ろす
三の太刀
澪が
踏み込む
雪の側面を取る
間合い
柄に手がー
斬り込まない
雪の斬り上げが空を斬る
四の太刀
ーーーー
雪と澪
眼が合う
(間合いは渡さない!)
そんな強い意気込みが
雪の眼に
(流石…)
そんな雪に
嬉しそうな眼に和らぐ
(強いね… 雪)
ーーーーー
五の太刀が
澪の裾を触る
身体には届かない
ーーーー
(これだから…)
澪は裾を見て
雪を見る
私の動きに
合わせてきた
修整してきた
(やっぱり …嫌い)
こころとは裏腹に
顔には笑み
その笑みに
雪は答えるように
同じく微笑む
(澪… あなたと知り合えたこと)
(私の一生の自慢よ)
ーーーーー
刺すような空気
お互いの思いは、確かに触れていた。
――だが、まだ半歩、 届かない。




