第八十五話 間 ―制された間合いー
(良い…)
微笑む春日を見て蓮も微笑む
構えがより下がる
下段
明らかな
誘い
(さぁ、来いよ… で、なければ)
ーーーーーー
(誘われてる…)
鷹宮先輩が下段に構え直す
(それなら… 足捌きを…)
(なっ!)
蓮が踏み込んできた
脛打ち
間合いが近い
小太刀で止める
蓮の切っ先が跳ね上がる
身体を回し
避ける
近すぎる間合い
春日の貫手が
蓮の脇腹へ
ー弾かれた
蓮の肘で
切っ先が返る
小太刀で凌ぐ
鎬を走る
止める
蓮の拳が
春日の腹部へめり込む
「ぐふっ」
体勢が崩れる
蓮が斬り付ける
速い
小太刀ーー
間に合う
春日が下がる
蓮の追い打ち
横薙ぎ
小太刀で凌ぐ
離れる
ーーーーー
(打たれた…)
呼吸が浅い
だが
構えは崩さない
ーーーーー
観客席がざわつく
当て身
流れが逆転している
澪は、黙って見ている
ーーーー
(さぁ… 来い)
蓮、再び下段
(打撃の重さ…
教えたのはお前だろ)
ーーーーー
春日が
呼吸を整える
痛みを感じる
が、
(まだ、行ける…)
一歩 右へ歩む
蓮の切っ先が
その動きを追う
(惑わされるな…)
静かに
もう一歩 歩む
(読ますな… 騙されるな…)
さらに一歩 右へ歩む
(先輩に見せろ… 俺の術理を…)
自分を鼓舞
自問自答
(そう… 己に対して鬼とあれ…)
父の言葉…
ーーーー
(来るな…)
蓮が感じ取る
息を吐く
構えを上げる
上段
ーーーーー
春日が歩む
ー前へ
間合いの中へ
踏み込む
速くない
鋭くもない
蓮の切っ先が揺れる
――遅れる
(違う…)
初めて
拍子が合わない
ほんのわずかに
春日は、そのまま踏み込む
蓮が打ち下ろす
小太刀で凌ぐ
弾かない
押さない
衝撃を流す
――“置く”
一瞬の静止
そのまま
半歩、入る
近い
近すぎる間合い
蓮の剣が働かない距離
(この距離は――)
春日の体が入る
触れる
――崩す
蓮の軸が流れる
その一瞬
小太刀が動く
短い軌道
無駄がない
打ち込み
鍔元
入らない
蓮が下がる
距離を取る
ーーーーーー
(今の入り身は…)
蓮の顔に笑み
踏み込むではいる
その起こりを
ー読み損なった
(あれか…)
新開地が話していた
ー起こりのない踏み込み
拍子がずらされる
間合いを読み損なう
(見聞がなければ、負けてたなぁ…)
ーーーーー
「えっ?」
大石が
「何? 恵梨香?」
「鷹宮先輩が… 明らかに遅れてたよ 何故?」
弓場達、観客には何が起きたかた
わからない
ただ、何が起きたこと
それだけが分かった
ーーーーー
春日が構える
呼吸は静か
痛みもある
蓮の顔を見る
ーーーーー
蓮が口元を上げる
一歩、出る
(面白い…)
空気が変わる
主導権が
――戻る
ーーーー
静寂
互いに、構える
動かない
――いや
動けない
間合いは同じ
呼吸も同じ
だが
触れられない
ーーーー
春日
動かない
ただ、立つ
(届かせるな)
(触れさせるな)
(――在れ)
呼吸が落ちる
空気が、消える
ーーーーーー
(ーー先手は取らせない!)
蓮が踏み込む
速い
鋭い
打ち下ろし
――入る
ーーーーーー
春日は
動かない
逃げない
合わせない
ただ
そこに――在る
ーーーーーー
刃が届かない
半歩
その半歩だけ
距離を消した
ーーーーーー
蓮の目が、わずかに開く
(……ずれた!)
違う
そこにいる
だが
触れられない
ーーーーーー
春日が
動く
小太刀
短い軌道
最短
無駄がない
――交差
決まるー
ーーーーーー
ーはず
当たらない
そこに
蓮が
居なかった
ーーーーーー
武心脱力
蓮の身体は
春日の視野の外にあった
「ーーー!」
切っ先が見えた
春日は
受ける
小太刀が宙を舞う
飛ばされた
落ちる
音が
遅れて響く
既に
春日の胴は
抜かれていた
ーーーーーー
静寂
観客席
誰も、声を出せない
ーーーーーー
主審
遅れて
「一本――勝者、鷹宮!」
ーーーーーー
(……今のは)
春日が天を見上げる
(“触れられない”を――)
(越えていた…)
ーーーーーー
蓮が、息を吐く
(俺は出来たのか?)
自分の手を見る
咄嗟にでた技
形には無い
術理のみ残っている
(間に合った…?)
右手が震えている
身体の記憶が
追いつかない
ーーーーーーー
動けない
「鷹宮先輩!」
春日を見る
「本当にありがとうございました!」
満面の笑み
その笑顔で
蓮は
自分が勝者と自覚した
(春日、ありがとうは俺の言葉だ…)
言葉にはしない
ただ
静かに笑い返す
ーーーーーー
半歩
最後に
触れたのは
――鷹宮だった




