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花野原の話、あるいは読めないということ

道は細かった。


花野原の中を、一人分の幅で続いている。草が両側から迫ってきていて、歩くたびに袖に触れた。やわらかかった。踏んでいる感覚がない種類の草で、足音もほとんどしなかった。


そのものが先を行っていた。大きすぎる外套が後ろに流れている。背が小さいのに歩くのが速かった。速いというより、距離の取り方がおかしかった。ついていくと近く、止まると遠い。一定を保たない。


英理はそのものの後ろを歩きながら、考えていた。


お札を見ていた、と言った。見ていたということは、ここへ来る前から、見えていたということだ。常世境の外にいる英理のことが。それはいつからで、どこまでが見えていて——


「考えすぎる足音をしてるね」


そのものが振り返らずに言った。


「足音で考えてるかどうかがわかりますか」


「わかる。踏み方が変わる」


「どう変わりますか」


「少し遅くなる。あと軽くなる。体重が頭に移動してる感じ」


英理は自分の足元を見た。確かに、花を踏んでいる感覚があまりなかった。


「当たっています」と認めた。


「大抵当たる」とそのものは言った。自慢ではなかった。観測だった。


しばらく歩いて、道が少し開けた場所に出た。


岩が一つ、花野原の中に島のように出ていた。平たい岩だった。そのものがそこへ上がって、また脚を組んで座った。いつの間にか外套の肩が直っていた。


「ここで少し止まる」とそのものは言った。


「どのくらいですか」


「わからない」


「わからないとは」


「ここの時間の流れは向こうと違う。聞いてもしょうがない」


英理はその答えをひとまず受け取った。カエルが岩の横で腕を組んだ。部瑠太師は少し離れたところに立って、花野原の遠い方を眺めていた。


英理は岩の傍に荷物を下ろして、座った。


しばらく、そのものを見た。


「一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「何を案内しているんですか。ここは目的地じゃなくて、途中なんでしょう」


そのものは少し間を置いた。それから英理の荷物を見た。


「その荷物、経典が入ってるね」


「……入っています」英理は言った。「聞いたことと違いますが」


「そう?」


それで終わった。


英理は一瞬、続けようとして、やめた。違う場所にいる存在だと思い直した。蜜檸檬がおやつかどうかを果物に聞いても意味がないのと、同じかもしれなかった。


「経典がどうかしましたか」と方向を変えて聞いた。


「着替えを一枚削って入れた本でしょ」


英理は止まった。「なぜ知っているんですか」


「足音で」


「経典を入れたかどうかが足音でわかるんですか」


「わかる」


わからなかった。でもそのものにはわかるらしかった。


「お前が何を受け取るか」


唐突に、そのものが言った。声のトーンが変わっていた。少しだけ、静かになった。


「受け取る?」英理は聞いた。


「この先で。何かを受け取ることになる。その形は大体——」


そのものが止まった。英理を見た。金色の目が、少し細くなった。


「知らないの?」


「知りません」英理は言った。「え、そっちも、ですか」


「そっちも?」


「何を受け取るかだけじゃなくて」


「それだけじゃなくて」そのものはゆっくり言った。「自分が何を欲しいかも、知らない?」


「……知りません。今のところ」


しばらく間があった。そのものが英理を見ている間が、いつもより長かった。


「そうか」とそのものは言った。


「何がですか」


「お前だけ読めないと思ってたけど」


「はい」


「お前も自分を読めてないのか」


英理は少し考えた。「そうかもしれません。問題がありますか」


「問題はない」そのものは言った。「ただ初めて会った。自分を読もうとしない者」


「読もうとしてないわけじゃないんですが」英理は少し言い訳のように言った。「他の人を見とると、自分の番が来ない感じで」


そのものはまたしばらく黙った。それから岩の上で少し体の向きを変えて、別のものを見るように遠くへ目を向けた。


「後で、見せたいものがある」と言った。


「何をですか」


「わからない」


「わからないのに見せるんですか」


「お前が見てから、何かがわかる。俺じゃなくてお前に」


英理はその言葉を頭の中に置いた。腑に落ちたわけではなかったが、抗う理由もなかった。


「わかりました」と英理は言った。


「了解が早い」


「他に選択肢がないけん」


「それでいいの?」


「よくはないかもしれないですが、他にないけん」


そのものが、ふっと息を吐いた。笑ったのかもしれなかった。


カエルが、花を見ていた。


英理はそれに気づいた。気づいたのは、カエルがずっと同じ場所に立っていたからだった。到着してからまだ動いていない。腕は組んでいるが、剣の柄には手が行っていない。目が、足元の花野原に向いていた。


見ているとは、少し違った。ただそこにあるものを、眺めていた。


英理にはそれが少し珍しく見えた。カエルはいつも、前を見ている人だった。止まらない。脇見もしない。最初に街道で見かけたときからそうだった。でも今、脇見をしていた。


脇見というより——ここにいた。


英理はその観察を頭の中に置いた。何か言う必要はないと思ったので、何も言わなかった。


花が揺れていた。理由なく、静かに。


部瑠太師が、英理の隣に来た。音がなかった。気づいたら隣にいた。老人もまた、花野原を眺めていた。


「師」


「うん」


「師は、この場所を知っていますか」


老人は答えなかった。でも、否定もしなかった。


英理はしばらく待った。それから別の問い方をした。


「師の立ち方が、さっきから違います」


「どう違う」


「……緊張していない。警戒もしていない。ここがどういう場所か、知っている人の立ち方をしています」


老人は何も言わなかった。花野原の遠い方を見ていた。目が細かった。さっき、一瞬だけ見せた顔を、今もしていた。何かを思い出しているのか、あるいはすでに知っていることを改めて確かめているのか、英理には判断できなかった。


「師が前に来たとき」と英理は言った。「ここも通りましたか」


「……どう思う」


「通ったんだと思います」


老人は花野原から視線を動かさなかった。それが答えだった。


「師」


「うん」


「怖くなかったですか、最初に来たとき」


老人はしばらく黙った。


「花の色が、白かった」と部瑠太師はようやく言った。


「白い花の野原だったんですか」


「白しかなかった」


英理は今の花野原を見た。白と、黄色と、薄紅が混ざっている。


「今は三色あります」


「そうじゃな」


「色が増えたのは、なぜですか」


老人は答えなかった。英理も、それ以上は聞かなかった。


聞けない問いと、聞く必要のない問いは、違う。これは後者だと思った。花の色が増えた理由は、この野原が知っていればそれでいいことだった。


「白の板、持っているな」部瑠太師が言った。


「はい」英理は服の内側を押さえた。「持っています」


老人は前を向いたままだった。


「それだけでいい」


英理はその言葉の重さを、一度確かめるように頭の中で繰り返した。


それだけでいい。


説明がなかった。なぜそれだけでいいのかも、その板が何のためにあるのかも、誰が部屋に置いたのかも——何も言わなかった。


でも、英理には、それで十分だった。


「わかりました」と英理は言った。


老人は頷かなかった。でも、少しだけ、肩が下りた気がした。


腹が、鳴った。


この野原の、どこまでも続く花と静けさの中で、はっきりと、大きく。


そのものが振り返った。


「また」


「すみません」


「さっきも鳴ってたね」


「さっきも」英理は言った。「歩いていたので」


「ここに来てもお腹が空くのは変わらないんだね」


「変わりません」


カエルが腕を組んだまま小さく言った。「人間だからな」


「そうだね」とそのものは言った。少し考えるような間があった。「人間だから、か」


その言い方が、何かを確認しているようだった。


英理はそのものを見た。「そのものには腹が減りませんか」


「減らない」


「それは楽ですね」


「楽かどうか」そのものは少し遠くを見た。「減らないと、止まれないんだよ。止まる理由がないから」


英理はその言葉を聞いて、何かが少し動いた気がした。うまく言葉にはならなかった。ただ、腹が減るから止まれる、という構造が、悪いことではないかもしれないと思った。


「止まれていますが」と英理は言った。そのものの方を見て。「今、ここで」


「英理がいるから」そのものは言った。


「私がいると止まれますか」


「読めないものの隣は、居やすい」


英理はその答えをしばらく頭の中で置いた。どういう意味かは、今すぐにはわからなかった。でも、問い返すより荷物の中を確かめる方が先だった。


固い麦餅が出てきた。固かった。


「食べながら聞いていいですか」


「どうぞ」


「この先に、何がありますか」


そのものは少し間を置いた。


「お前が問うものが、ある」


「問うもの」


「答えじゃない。問いそのものが、ある」


英理は固い麦餅をかじりながら考えた。


問いそのものが、ある。


「問いを持って帰るんですか」


「さあ」そのものは言った。「それはお前次第」


「わかりました」英理は言った。


パンが固かった。でも、この花野原で食べると、なぜかおいしかった。理由は考えてもわからなそうだったので、考えるのをやめた。


出発のとき、カエルが英理の隣を歩いた。しばらく無言だった。カエルとの無言はいつものことだったので、英理は特に何も言わなかった。


「さっき」とカエルが口を開いた。


「はい」


「花を見ていた」


「見ていましたね」


「妙だな」とカエルは言った。自分に言い聞かせるような言い方だった。「花なんて、どうでもいい」


英理は答えなかった。


カエルも続けなかった。


ただ、前を向いて歩いた。


英理もそうした。


花が、また揺れた。


金属の音が、足元から聞こえていた。一定のリズムで、静かに、確かに。


止まることなく、続いていた。



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