入ってはいけない部屋、あるいは仕方ないということ
「あの部屋には入ってはダメです」「絶対に……」「いいですか、絶対!」
真理矢が口を開いた。開いて、閉じた。
「それって入りなさいってことよね……仕方ないけん」
ギぃ。
社の長はしばらく扉を見ていた。それから真理矢を見た。
「あ~やっぱり」
真理矢は何も言わなかった。
「いいかこのまま持ってくか。この子危ないし」
社の長は扉を開けて中へ入った。音がしなかった。英理は、その後ろに続いた。
壁が金だった。正確には、壁の中に金があった。石の奥から光が押し出されているような色だった。青い石が埋まっていた。赤い石が埋まっていた。金の線が蔓のように走っていた。
きれいだった。
気がついたら、壁の前に立っていた。
「英理、近づきすぎよ」真理矢が後ろで言った。「触らないで」
指先が、板に触れた。
奥行きが、生まれた。音が、なかった。
何かがいた。壁の中に。こちらを向いていた。動いた。少しだけ。首が、こちらへ傾いた。英理も少しだけ、首を傾けた。
怖くなかった。きれいだった。それだけだった。
「……英理?」真理矢の声が、遠かった。「英理、なに固まっとるん」
遠かった。
「社の長、なんか英理が」
「触ったんじゃろ」
「触ったんよ、絶対」
「だから言ったんじゃが」
「入ってはダメって言ったのに」
「それはお前らが」
「別の話です」
空気が冷たかった。でも痛くなかった。
「どのくらいで戻りますか」
「さあ」
「さあってことないよ」
「人による」
「英理は」
「……さあ」
英理はしばらくそこに立っていた。それは動かなかった。でもそこにいた。どのくらい経ったかわからなかった。
気がついたら、明るかった。回廊だった。
人がいた。白い袂の女が、回廊の端に立っていた。目が、どこも見ていなかった。どこかの遠い場所だけを、見ていた。
「業を返す」
と言った。足音なしに、消えた。
英理にはその言葉の意味がわからなかった。
真理矢が英理を見た。
「目が、遠い」
英理は少し考えてから言った。「あれ、左に傾いてましたか」
「壁に何もいなかった。石だけ」
「いた」
「絵もなかった」
英理は少し黙った。
「……そうですか」と社の長が、静かに言った。
真理矢が社の長を見た。「社の長、今の『そうですか』、絶対知っとるんよね」
「さあ」
「さあって」
「入ってはダメと言った」
「それはそうやけど!」




