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鞄の光、あるいは使い切ったものについて

しばらく歩いた。


常世境の外れの道は、細かった。試練の場所とは違う道だった。岩もなかった。急な斜面もなかった。ただ、道がある。草が両側から来ていた。やわらかかった。踏む音がほとんどしなかった。


光が、変わった。


変わった、というのは、明るくなったとか暗くなったとかではなかった。種類が変わった。午後の光に似ていたが、午後ではなかった。朝の光に似ていたが、朝でもなかった。どこの時間の光かが、わからなかった。


「この辺の時間は」英理は言った。「どうなっていますか」

「どうとも言えない」とそのものが答えた。

「一日がありますか」

「あることもある」

「ないこともあるんですか」

「ない場所もある」


英理はその答えをひとまず受け取った。腹が鳴ったら食べればいい。それが時間の代わりになる。


草の中に、冬の枯れ枝があった。その隣に、夏の葉が茂っていた。境目がなかった。枯れた枝と夏の葉が、普通に並んでいた。


「……季節が混じっていますか、ここ」英理は言った。

「混じっている」

「それは変ですか」

「ここでは変じゃない」


英理は枯れ枝と夏の葉を並べて見た。どちらも、ただそこにあった。変だとも思っていなかった。並んでいることが当然、という感じがした。


「名前のないものが」英理は言った。「あります」

「どこに」

「今見ていたものです。枯れ枝と夏の葉が並んでいるこれ。名前がないですね」


そのものは少し間を置いた。「つけるのか」

「……つけようとしたら、つけられない気がして。何と言えばいいかわからないので」

「つけなければ」

「つけなくてもここにあります」英理は言った。「だから、いいです」


そのものは何も言わなかった。でも少しだけ、歩調が変わった。


 


鞄が、温かかった。


温かい、というのは比喩ではなかった。日差しのせいでもなかった。確かに、鞄の内側から熱が来ていた。英理は立ち止まった。鞄を下ろした。開けた。


板が、あった。


二枚。


赤みを帯びた板と、青みを帯びた板が、薄く光っていた。使い切ったはずの板だった。水盤に沈んだ板と、集落の暖炉に消えた板が、鞄の中に戻っていた。


でも、白い板は、なかった。


英理はしばらく鞄の中を見た。二枚だけあった。三枚ではなかった。


「そのもの」英理は言った。

「はい」

「板が戻っています」

「うん」

「二枚」

「うん」

「白い板が、戻っていません」


そのものは少し間を置いた。「うん」


「なぜですか」


「白いのは、お前が渡したんじゃない」そのものは言った。「受け取ったから」


英理はその言葉を頭の中に置いた。渡すと、受け取るは、違う。師の肩に板を当てた。師の何かが外れた。年齢が出た。あれは——


「受け取った」英理はゆっくり言った。「師の、何かを」

「そう」

「渡したのではなく、受け取ったから、板は戻らない」

「そう」


「渡すと受け取るは」英理は言った。「どちらが難しいですか」


そのものはしばらく黙った。「難しいかどうかは、わからない」「でも」「でも、違う」


英理はその違いを頭の中で転がした。渡すことは、英理にはできた。蜜檸檬も、火も、板も、渡すことは考える前にできた。でも受け取ることは——師が何百年分の荷を持っていることを、英理は受け取った。それは板を渡すこととは、形が違った。


「師は今」英理は言った。「どうですか」


そのものは遠くを見た。「軽い」


「軽くなりましたか」

「うん。すこし」


英理は赤みを帯びた板を指先で触れた。集落の暖炉のことを思った。三日、火がなかったと言っていた。三日は長いと思った。それだけだった。板を使ったのはそれだけの理由だった。


「惜しくないんですか」東仁が言った。板を見ながら。「戻ったとしても、また使うでしょう」

「使う時に使えばいいと思います」英理は言った。

「またそうなるんだな」

「そうなります」


東仁はしばらく英理を見た。何か言いかけた。やめた。「まあ、そうだな」とだけ言った。


カエルが腕を組んだまま言った。「お前の腹は方位磁針だな」

「方位磁針ですか」

「鳴るたびに、ここにいるとわかる」

「そうかもしれません」英理は言った。「でも鳴るのは、腹が減ったときです」

「それが方位磁針だろう」

「……なるほど」


腹が、鳴った。「今です」英理は言った。「今が方位磁針です」


カエルが、口の端を少しだけ動かした。笑ったのかもしれなかった。


英理は二枚の板を鞄に戻した。温かかった。手に、温かさが残った。


「黄色い木を探します」英理は言った。


 


黄色い木は、道の真ん中に立っていた。


老人の言った通りだった。道が木の周りになっていた。どちらへ回っても、また合わさる。木だけが、真ん中にあった。


木が何の木かは、わからなかった。でも実がなっていた。黄色かった。蜜檸檬に似ていたが、蜜檸檬ではなかった。少し丸かった。少し大きかった。


英理は一つ取った。重かった。皮が固かった。匂いを嗅いだ。甘かった。


「食べていいですか」そのものに聞いた。

「食べていい」

「常世境の実を食べると、どうなりますか」

「腹が膨れる」

「それだけですか」

「それだけ」


英理は実を割った。中が橙だった。食べた。甘かった。甘くて、少し酸っぱかった。喉を通って、腹の中に入った。温かかった。


「……おいしいです」英理は言った。

「そうか」そのものが言った。

「食べますか」

「食べない」

「食べられないですか」

「食べる必要がない」


英理はその答えを聞いて、少し考えた。食べなくていいというのは、腹が鳴らないということだ。ここにいるとわかる音が、ない。


「淋しくないですか」英理は聞いた。「腹が鳴らなくて」


そのものは少し間を置いた。「……考えたことがなかった」


「そうですか」英理は言った。「私は鳴った方がいい気がします。面倒ですが」


腹が、また鳴った。「……面倒なのに鳴るのか」東仁が言った。「鳴るのは止められないので」


カエルが、実を一つ取った。食べた。何も言わなかった。食べ終わって、また前を向いた。


部瑠太師は実を一つ取って、外套のポケットに入れた。食べなかった。後で食べるのかもしれなかった。老人がそうする理由は、英理にはわからなかったが、そうするとわかった。


在人は二つ取った。「二つ持つんですか」英理は聞いた。「そのへん」在人は言った。英理はその答えをひとまず受け取った。


実を食べながら、木の周りを歩いた。どちらへ回っても、また道に戻った。真ん中の木だけが、動かなかった。



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