表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

散歩と、食べながら行けるかという問い

山を下りていた。


一歩。また一歩。鉱石の音が、後ろで遠くなっていた。踏むたびに鳴っていた音が、遠ざかるにつれて、薄くなった。でも消えなかった。頂上に、鉱石はあり続けるから。


英理は足を止めた。


「少し」英理は言った。

「何だ」東仁が振り返った。

「帰る前に、もう少しここを見てもいいですか」


沈黙があった。


「……目的は果たしたんじゃないのか」

「果たしたと思います」英理は言った。「でも」

「でも」

「果たしたから帰る、というのが、少し違う気がして」


東仁が天を仰いだ。


カエルは何も言わなかった。でも止まっていた。立ち止まっていた。戻る気も、行く気も、今のところないらしかった。


「律は」英理は言った。

「律の書 第四十二節に、目的なき歩みは——」

「今はいいです」東仁が言った。

「そうですね」律は言った。傷ついた様子はなかった。


「在人は」英理は言った。「どうしますか」

「そのへん」在人は言った。

「そのへんを散歩しますか」

「そのへん」


英理はその答えをひとまず受け取った。在人はどこにでもいた。それがこの人物のやり方だった。


リュウが英理の肩に戻ってきた。普段より静かだった。頂上にいる間、ずっと静かだった。


「行きましょう」英理は言った。

「どこへ」東仁が聞いた。

「わかりません」英理は言った。「でも」


腹が、鳴った。


「食べながら行けるルートを知っている人を探してから」


東仁はしばらく英理を見た。「……そこから始めるのか」

「そこから始めないと続きません」


東仁は何か言いかけて、やめた。


部瑠太師は少し離れた場所で空を見ていた。何も言わなかった。でも、止まっていた。老人が止まっているのは、去る気がないということだった。


愚者は、笑みがあった。笑みはあった。でも今日の笑みは、少し薄かった。「面白い」とだけ言った。準備された声ではなかった。何かを確かめているような「面白い」だった。


 


常世境の端の方に、荷を積んだ者がいた。


老人だった。背が丸く、荷が大きく、荷の方が老人より主張していた。立っているのか休んでいるのか、判断がつかなかった。荷の脇に座って、何かを確かめていた。数えていた。


「すみません」英理は言った。


老人が顔を上げた。目が細かった。細い目のさらに奥に、何かがあった。たくさんのものを見てきた者の目だった。長く、ここにいる者の目だった。


「旅の人か」

「そうです。常世境を少し散歩したくて。食べながら行けるルートを教えてもらえますか」


老人は英理を一度見た。荷を一度見た。また英理を見た。


「……その問い方で来た人間は、初めてだ」


笑い声が出た。小さな笑いだった。でも確かに笑った。荷が揺れるくらいに笑った。


「皆、近道を聞くか、安全な道を聞く。食べながら行けるかどうかを聞く者は」老人は笑いを収めた。「初めてだ」


「ご存知ですか、そういうルート」

「知っている」老人は言った。「ただし」

「ただし」

「その道には試練がない代わりに、何かを拾うかもしれない」

「拾う?」

「名前のないものを見ると、名前をつけたくなる。名前をつけると、持ち帰ることになる」


英理はその言葉を頭の中に置いた。名前をつける。持ち帰る。


「拾っていいですか」英理は聞いた。


老人はまた笑った。今度はさっきより大きく。荷が揺れるくらい。「その問いも、初めてだ」


「ご存知ですか。拾った人間の話」

「知っている」老人は言った。「みんな重くなって帰る。でも」

「でも」

「軽い人間もいた。一人だけ」

「その人は」

「何も言わなかった。ただ、嬉しそうだった」


英理はその言葉を受け取った。


腹が、鳴った。「……」老人が目を細めた。「腹が減っているな」

「減っています。ルートを教えてもらえますか」

「その途中に、果物の木がある」

「何の木ですか」

老人は少し考えた。「さあ。ただ、黄色い」


黄色い果物の木。英理は荷物を持ち直した。


「ありがとうございます」

「名前を聞かせてもらえるか」

「英理です」

「英理か」


老人は荷を持ち直した。帰り支度をするような仕草だった。どこへ行くのかはわからなかった。ここにいる者は、どこかへ行くのかもしれなかったし、どこにも行かないのかもしれなかった。


「困ったことがあれば、私の名前を出せ。常世境の者は通してくれる」


名前を告げた。英理はそれを頭の中で一度繰り返した。「わかりました」


「行け。黄色い木は、道の真ん中に立っている。見逃すことはない」

「真ん中に、ですか」

「真ん中に木が立っているから、道が木の周りになっている。どちらへ回っても、また合わさる」


英理はその言い方を少し面白いと思った。「行きましょう」英理は振り返った。


カエルが腕を組んで立っていた。「話は済んだのか」

「済みました。黄色い果物の木があるそうです」

「それだけか」

「それだけです」


カエルは何か言いかけて、やめた。東仁が前を向いた。


腹が、また鳴った。老人が後ろで、また小さく笑った。


腹が、また鳴った。老人が後ろで、また小さく笑った。


英理は前を向いた。食べながら行けるルートがある。黄色い木がある。老商人の名前がある。頭の中に置いた。それで十分だった。


常世境の端は静かだった。試練の場所とは違う静けさがあった。岩もなかった。急な斜面もなかった。草があった。光があった。どこかで鳥が鳴いていた。行きに通った道とは、音が違った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ