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山頂、あるいは最後に腹が鳴ること

朝、出発のとき、在人がいた。


どこにいたのかわからなかった。気づいたら、荷物を持って列の中にいた。誰も何も言わなかった。東仁が一度だけ見て、前を向いた。


「在人」英理は言った。「うん」「昨夜はどこにいましたか」「そのへん」「そのへん、とは」「そのへん」


英理はその答えをひとまず受け取った。在人はそういう人だった。どこかにいて、気づいたらいた。それで十分だった。


道が、急になった。足元が岩になった。手を使わないと登れない場所があった。東仁が先に登って、手を貸した。カエルは手を借りなかった。部瑠太師は音もなく登った。老人がどうやって登っているのかが、見ていてもわからなかった。


金属の音が、近かった。今日は最初から近かった。近いというより、もうここ全体に満ちている感じがした。耳の外から来ていた。耳の内側から来ていた。体の中と外で、同時に鳴っていた。


「聞こえていますか」英理は東仁に聞いた。「何が」「金属の音」


東仁は少し立ち止まった。「……聞こえる。今日は」「今日は、ですか」「今まではわからなかった。でも今日は、確かに聞こえる」


英理はその答えを頭の中に置いた。今日は聞こえる。頂上が近いから。何かが近いから。


腹が、鳴った。「……」「行くぞ」東仁が言った。何も言わなかったのに近かった。「はい」英理は言った。


頂上に出た。出た、というより——開けた、という感じがした。岩と岩の間を抜けたら、急に、何もなくなった。遮るものがなかった。空が、広かった。どこまでも。


地面が、金色だった。近づいてわかった。鉱石だった。


一面に、鉱石が敷き詰められていた。埋まっているのではなく、置かれていた。積み重なっているのでもなく、一枚ずつ、丁寧に並んでいた。踏むと、音がした。


金属の音だった。英理は足元を見た。鉱石が一枚、足の下にあった。踏んだ。音がした。その音だった。ずっと聞こえていた音が、これだった。鉱石が踏まれる音が、山を通して聞こえていた。


「……ずっとこれだったんですか」英理は言った。声が少し上ずった。「うん」とそのものが言った。「数えていましたか、ずっと」「数えてはいない。鳴っていただけ」「踏まれるたびに」「踏まれなくても鳴る。風が吹いても鳴る。誰かが近づくだけでも鳴る。ここにあるから、鳴る」


英理は鉱石の原を見渡した。どこまで続いているかわからなかった。地平の向こうまで、金が続いていた。空と金と、それだけだった。


カエルが立っていた。動かなかった。鉱石の上に立って、遠くを見ていた。取ろうとしていなかった。ただ、見ていた。


在人が、一枚だけ拾って、表と裏を見て、また置いた。


東仁は鉱石を踏まないように歩いていた。踏まないようにしながら、それが不可能だとわかっていた。


水盤は、野原の中心にあった。石でできていた。古かった。縁に文字が彫ってあった。読もうとしたが、今日は読めなかった。でも触ると、指先に何かが伝わってきた。熱くも冷たくもない、別の何かが。


水が張ってあった。動かない水だった。でも淀んでいなかった。清水のように、澄んでいた。


英理は荷物を下ろした。内側のポケットに手を入れた。青みを帯びた板が、指に触れた。取り出した。「使えばわかる」と師に言われていた。使う時がきたら、という言葉だった。ここだと思った。


水盤の縁に膝をついた。板を水の上に、そっと置いた。何か言おうとした。言葉が出てこなかった。言葉がなくてもいいと思った。ただ、ここに届いてくれ、と思いながら、板を水面に触れさせた。


板が、沈んだ。音がしなかった。でも水面が、一度だけ、静かに揺れた。揺れて、また止まった。


水の中に、何かが映った。山ではなかった。空でもなかった。見覚えのない場所だった。でも、そこに子供がいた。火の前で、温かそうにしていた。一瞬だけ映って、消えた。


英理はしばらくそこに座っていた。「あの集落の子ですか」英理はそのものに聞いた。「さあ」とそのものは言った。「でも、火は消えていない」


部瑠太師は水盤から少し離れた場所に立っていた。鉱石の原の中で、一人だけ、遠くを見ていた。来た道の方を。老人が何を見ているのかは、英理には見えなかった。


「師」「うん」英理は内側のポケットに手を入れた。白い板が、残っていた。「これを」英理は言った。「師に渡します」


部瑠太師は振り返った。英理を見た。「なぜそう思う」「わかりません」英理は言った。「でも手が動きました」


老人はしばらく英理を見た。それから、少しだけ、目を細めた。「お前は正確だな」と言った。「よく言われますが、意味がわかっていないです」「わからなくていい」


英理は板を持った手を伸ばした。老人の肩に、板を当てた。触れた瞬間に——


部瑠太師の肩が、少し下がった。下がった、というのは正確ではなかった。何かが、外れた。長い間そこにあったものが、少しだけ、外に出た。老人の顔が変わった。変わった、というより——年齢が出た。今まで見えなかった年齢が、一瞬だけ、出た。何百年分かのものが、一瞬だけ、外に出た。


板は、消えた。


老人はしばらくそのままで立っていた。英理は何も言わなかった。何も言う必要がなかった。「ありがとう」と部瑠太師は言った。英理はその言葉を聞いた。今まで老人からその言葉を聞いたことがなかった。「わかりました」と英理は言った。それだけ言った。


老人は、また遠くを見た。今度は、来た道ではなく、もっと遠い方を。遠くの北の方角を。


英理は荷物を持ち直した。本が、中にあった。手を入れて、取り出した。何も書かれていない革の表紙を、また見た。持った瞬間にこれだ、と思ったときと同じ感触だった。重くなかった。ただ、あった。


開こうとした。手が止まった。止めた、のではなかった。止まった。段々畑のときと同じだった。考えるより先に、手が止まった。


「開かないのか」カエルが来た。「開きませんでした」「なぜ」


英理は少し考えた。「まだ答えが出ていないので」「答えが出たら開くのか」「そうかもしれません。でも」「でも」「答えが出たら、開かなくてもいいかもしれないと、少し思っています」


カエルはしばらく英理を見た。「子供みたいなことを言う」「子供なので」「そうだったな」


英理は本を、荷物に戻した。そっと入れた。底に、ちゃんと収まった。重さが、肩に戻った。いつもと同じ重さだった。でも、ここに来る前より、少し、馴染んだ気がした。


愚者が、鉱石の原の端に立っていた。踏んでいたが、拾おうとしていなかった。ただ見ていた。今まで見たどの顔とも違う顔をしていた。英理はそれを見たが、何も言わなかった。言えることがなかった。でも見ていた。


「カエルさん」英理は言った。「なんだ」「受け取りましたか。何か」


カエルは鉱石の原を見た。「わからない」「わかりませんか」「わからない」カエルは言った。「でも」「でも」「花が好きだったかもしれない、とわかった。それは、ここに来なければわからなかった」


英理はその言葉を聞いた。「それが」英理は言った。「受け取ったものじゃないですか」カエルは少し間を置いた。「……小さいな」「小さくないと思いますが」「お前はそう思うか」「思います」


カエルは鉱石の原を、もう一度見た。手を出さなかった。触れなかった。ただ見た。それだけだった。


そのものが、英理の隣に来た。「何かを受け取ったか」「わかりません」英理は言った。「でも」「でも」「問いを持ったまま帰れる気がします」「それが受け取ったものかもしれない」「そうかもしれません」英理は言った。「でも最初から持っていた気もします」「最初から持っていたものを、ちゃんと持っていると確かめた、かもしれない」


英理はその言い方を頭の中に置いた。確かめた。持っていると、確かめた。「そうかもしれません」英理は言った。


愚者が、野原の端に立っていた。鉱石を踏んでいた。でも拾っていなかった。取ろうとしていなかった。ただ、野原を見ていた。見渡していた。その目が——さっきの段々畑ではなく、橋ではなく、谷でもなく——今まで見たどの顔とも違う顔をしていた。疲れているのかもしれなかった。欲しいものがずっとあり続けることが、どういうことかを、初めて考えているのかもしれなかった。


英理はそれを見たが、何も言わなかった。言えることがなかった。言えることがなかったが、見ていた。それだけだった。


腹が、鳴った。頂上で。鉱石の原の真ん中で。空の下で。はっきりと、大きく。


「……」


誰も何も言わなかった。東仁が息を吐いた。カエルが、どこか遠くを見たまま、口の端を少しだけ動かした。在人が振り返って、また前を向いた。律が何か言いかけて、止まった。部瑠太師が、遠くを見たまま、肩が少し揺れた。


「すみません」英理は言った。


「謝るな」東仁が言った。「もう慣れた」カエルが言った。「諦めた」在人が言った。初めて喋った。


「……」英理は少し考えた。「在人さんも慣れましたか」「ずっと慣れてた」「ずっといたんですか」「いた」「どこに」「そのへん」


英理はその答えをひとまず受け取った。


金属の音が、鳴っていた。踏まれていない鉱石が、風に揺れて鳴っていた。頂上の風は静かで、でも確かにあった。鉱石が、触れ合って、鳴っていた。一定ではなかった。風の気まぐれで、鳴ったり止まったりした。でも消えなかった。


英理は荷物を持った。本が入っていた。板はもうなかった。二枚とも、使い切った。でも残念とも思わなかった。もったいないとも思わなかった。ここで使うものだったと、ただそれだけだった。


「帰れますか」英理はそのものに聞いた。「帰れる」「道は」「来た道と同じじゃない」「違いますか」「帰り道は短い。行きの半分もない」「なぜですか」「来た時に通ったから」


英理はその答えを頭の中に置いた。来た時に通ったから、短い。通ったことは、残る。「わかりました」英理は言った。


一行は、下り始めた。


鉱石の音が、後ろから聞こえていた。踏むたびに、足元で鳴った。遠ざかるにつれて、小さくなった。でも消えなかった。頂上に、鉱石はあり続けるから。鳴り続けるから。


これからもここへ来る人がいる。金を求めて来る人が、きっと来る。


英理は振り返らなかった。


腹が、また鳴った。「……」「わかった」と東仁が言った。「次の宿で食わせる」「ありがとうございます」「礼はいい。早く降りろ」「はい」


英理は前を向いた。道が、続いていた。


残っていた。花野原の足元の光が。採石場跡の白い粉が。橋の上の、名前の薄さが。段々畑の、甘い匂いが。


全部、来た道にあった。


帰り道には、別のものがあった。まだ名前がなかった。でもそこにあった。


英理は歩いた。腹が、鳴った。


金属の音が、遠くなった。でも消えなかった。この場所の中で、静かに、確かに、鳴り続けていた。


何かを数えていた。あるいは、ただ、そこにいた。



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