表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

ep9. 死亡記録

第九話、お楽しみください。

暗闇の奥から、視線を感じていた。

 天井を突き破った“管理者”の腕は消えたはずなのに。

 まだいる。

 巨大な何かが、校舎全体を覆うようにこちらを見下ろしている。

 息が詰まる。

 存在そのものを測られているみたいだった。

「……行こう」

 雨音が俺の袖を引いた。

 声が少し震えている。

「ここにいたら見つかる」

「もう見つかってるだろ……」

「まだ“識別”されただけ」

 識別。

 その単語に嫌な寒気が走る。

「完全に認識されたら終わりなの」

「終わりって……どうなるんだよ」

 雨音は答えなかった。

 答えられないのか、

 言いたくないのか。

 ただ、その顔を見れば十分だった。

 ろくなものじゃない。

    ◇

 俺たちは廊下を走った。

 だが校舎の構造は完全に狂っていた。

 三階へ上がったはずなのに地下へ出る。

 曲がった廊下が元の場所へ戻る。

 窓の外には、同じ校庭が延々と続いている。

 現実感が壊れている。

 まるで学校そのものが、“向こう側”へ沈み始めているみたいだった。

「……どこ向かってるんだ」

「資料室」

「資料室?」

「古い記録が残ってる」

 雨音は迷いなく走っていく。

 まるでこの異常空間を知っているみたいに。

 その背中を見ながら、俺は小さな違和感を覚えていた。

 こいつは何者なんだ。

 本当に、ただの幼馴染なのか?

 その時。

 後ろから、ぐちゃり、と嫌な音がした。

 振り返る。

 廊下の奥。

 壁から“人”が生えていた。

「っ……!」

 制服姿の男子生徒。

 だが下半身が壁に埋まっている。

 まるで空間に溶け込んでいるみたいに。

 そいつは苦しそうに口を開いた。

「たす……け……」

 顔を見た瞬間、思い出す。

 同じクラスの佐伯だった。

「佐伯!?」

 駆け寄ろうとした瞬間、雨音が俺の腕を掴む。

「ダメ!!」

「でも――!」

「もう侵食されてる!」

 佐伯の顔が、ゆっくりこちらを向く。

 その目は、俺を認識していなかった。

 いや。

 もっと別のものを見ている。

「神代……?」

 掠れた声。

「なあ……お前、どっちだ……?」

 その瞬間。

 佐伯の首が、ありえない方向へ回転した。

 骨が砕ける音。

 だが本人はまだ笑っている。

「思い出したんだよ……」

「俺、本当は――」

 次の瞬間。

 壁の中から大量の腕が伸びた。

 白い腕。

 黒い腕。

 子供の腕。

 無数の腕が佐伯を掴む。

「ぁ……」

 一瞬で、壁の中へ引きずり込まれた。

 最後に見えた佐伯の顔は、

 泣いているみたいだった。

 静寂。

 廊下にはもう誰もいない。

 ただ壁だけが脈打っていた。

「……なんなんだよ、これ」

 吐き気がする。

 雨音は唇を噛みしめていた。

「向こう側に近づくと、“境界”がなくなる」

「境界?」

「人格と人格の境界。

 世界と世界の境界。

 存在そのものの境界」

 理解できない。

 したくもない。

 だが一つだけ分かった。

 ここはもう、

 普通の学校じゃない。

    ◇

 資料室は旧校舎の最奥にあった。

 重たい鉄扉。

 だが妙だった。

 そこだけ空間の歪みが少ない。

 まるで異常から切り離されているみたいに。

 雨音が扉を開ける。

 中は暗かった。

 古い紙の匂い。

 埃。

 棚いっぱいに並ぶファイル。

「ここなら少し安全」

「……なんでそんなこと分かるんだ」

 俺が聞くと、雨音は少し黙った。

 だが答える前に、彼女の視線がある棚で止まる。

「……あった」

 彼女が取り出したのは、古びたファイルだった。

 表紙にはこう書かれている。

『児童人格固定実験・対象記録』

 背筋が凍る。

「なんだよ、それ……」

 雨音はゆっくりページを開いた。

 中には子供たちの写真が並んでいた。

 知らない顔ばかり。

 だが、その中に。

「……え?」

 俺は息を止めた。

 見覚えのある顔。

 幼い頃の俺だった。

 六歳くらい。

 写真の中の俺は、泣いていた。

 その隣には、もう一人。

 同じ顔の子供。

 二人の“神代湊”。

 そして、その下には記録があった。

被験体番号:K-17

人格分離:成功

固定処理:実行済み

残存対象:神代湊

消去対象:神代湊

死亡確認:1999年7月18日

 呼吸が止まる。

 死亡確認。

 その文字が頭から離れない。

「……なんだよ、これ」

 掠れた声。

「俺、死んでるって……」

 その瞬間。

 資料室の奥から、誰かの声がした。

『そうだよ』

 凍りつく。

 ゆっくり振り向く。

 棚の奥。

 暗闇の中に、“俺”が立っていた。

 幼い頃の姿のまま。

 赤いミニカーを握りしめて。

 そして、笑っていた。

『死んだのは、そっち』

次回第十話、随時更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ