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ep3. 侵食される記憶

第三話、お楽しみください。

最初に戻ってきた感覚は、冷たさだった。

 頬に触れる床の感触。

 遠くで響くノイズ。

 そして、誰かの声。

「神代くん! しっかりして!」

 薄く目を開ける。

 視界がぼやけている。

 白い蛍光灯。

 天井。

 雨音の顔。

「……ここ、は……」

「保健室」

 彼女はほっとしたように息を吐いた。

「急に倒れたの。覚えてる?」

 倒れた。

 その言葉で、記憶が一気に戻る。

 廊下。

 もう一人の俺。

 赤いミニカー。

『そっちが、本物なんだ?』

「っ……!」

 飛び起きた瞬間、激しい吐き気が込み上げた。

 頭の奥が熱い。

 脳みそを無理やりかき回されているみたいだった。

「無理しないで」

 雨音が肩を支える。

 細い指先が小さく震えていた。

「……あれ、なんだよ」

 掠れた声で聞く。

「見えたんだろ。あいつ」

 雨音は答えなかった。

 代わりに、保健室のカーテンをちらりと見る。

 誰かを警戒しているみたいに。

「……ここじゃ話せない」

「は?」

「聞かれる」

「誰に」

 すると彼女は、ゆっくり俺を見た。

「“向こう側”に」

 意味がわからない。

 だが、その目は本気だった。

 ふざけているようには到底見えない。

 その時。

 保健室の奥から、カタッ、と小さな音がした。

 俺たちは同時にそちらを見る。

 白いカーテン。

 その向こうにあるベッド。

 誰かいるのか?

 保健医は不在だったはずだ。

「……誰かいるのか?」

 返事はない。

 だが。

 カーテンの下から、靴が見えていた。

 黒いローファー。

 制服のズボン。

 男子生徒だ。

 さっきから微動だにしていない。

 嫌な汗が背中を伝う。

「神代くん」

 雨音が小声で言った。

「見ちゃダメ」

「は?」

「目を合わせたらダメ」

 その瞬間。

 カーテンの向こうの“何か”が、ゆっくり立ち上がった。

 ギシ、とベッドが軋む。

 足音。

 一歩。

 また一歩。

 こちらへ近づいてくる。

 俺は無意識に息を止めていた。

 カーテン越しに、人影が映る。

 異様に首が長かった。

 関節がおかしい。

 まるで、人間の形を真似しているみたいに。

「……っ」

 カーテンが、ゆっくり開く。

 そこに立っていた“それ”を見て、全身の血が凍った。

 俺だった。

 また。

 今度は笑っていない。

 無表情だった。

 だが、顔の輪郭が少しずつ崩れている。

 粘土みたいに。

 目だけが異様に黒い。

 そいつはじっと俺を見つめていた。

 瞬きもせずに。

「なん……だよ、それ……」

 喉が震える。

 すると“俺”は、ぎこちなく口を開いた。

『お、も、い、だ、し、て』

 ノイズ混じりの声。

 壊れた録音みたいだった。

 頭の奥がズキリと痛む。

 知らない記憶が流れ込んでくる。

 暗い部屋。

 泣いている子供。

 鏡の前に立つ、二人の俺。

『どっちが、ほんもの?』

「やめろ……!」

 頭を押さえる。

 視界が激しく揺れる。

 雨音が俺の前へ飛び出した。

「見るな!!」

 鋭い声。

 その瞬間。

 保健室の電気がバチンッと消えた。

 真っ暗になる。

 窓の外の雷光だけが、一瞬だけ室内を照らした。

 その光の中で。

 “俺”が、笑っていた。

 耳まで裂けたみたいに。

 次の瞬間。

 雨音が俺の手を掴んだ。

「走って!」

 俺たちは保健室を飛び出した。

 廊下を全力で駆ける。

 背後から、ギシ……ギシ……と妙な足音が追ってくる。

 人間の歩き方じゃない。

 関節を無理やり動かしているような音。

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

「こっち!」

 階段を駆け下りる。

 しかし校舎の様子がおかしかった。

 静かすぎる。

 授業中のはずなのに、人の気配がない。

 教室を横切る。

 誰もいない。

 机も椅子もあるのに、生徒だけが消えている。

「なんだよ……これ……」

 雨音は答えない。

 青ざめた顔で前だけを見ている。

 そして、小さく呟いた。

「……もう始まってる」

「何が」

 彼女は立ち止まる。

 震える声で言った。

「神代くん、“向こう側”に引き込まれ始めてる」

次回第四話、随時更新

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