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ep11. 回収対象

第11話、お楽しみください。

 鉄扉が、ゆっくり内側へ歪んでいく。

 メキ……メキメキ……。

 まるで巨大な手で缶を潰しているみたいな音だった。

 資料室全体が震えている。

『神代湊を回収します』

 扉の向こうから響く無数の声。

 男。

 女。

 老人。

 子供。

 全部が混ざっている。

 それなのに、不気味なほど統一されていた。

「っ……!」

 俺は後ずさる。

 だが逃げ場はない。

 窓の外は黒い雨。

 出口は管理者。

 袋小路だった。

「神代くん」

 雨音が俺の前へ出る。

 小さな背中。

 震えているのに、逃げようとはしない。

「下がってろ!」

「無理」

 彼女は短く言った。

「今の神代くんは、“識別済み”だから」

「識別済み……?」

「管理者に“異常存在”として認識されたの」

 異常存在。

 その言葉が胸に刺さる。

 俺は普通じゃない。

 薄々分かっていた。

 でも、それを真正面から突きつけられると、呼吸が苦しくなる。

 その時。

 背後で、子供の俺が笑った。

『当然だよ』

『お前、半分“向こう側”なんだから』

「……黙れ」

『まだ分かってないの?』

 幼い俺は、赤いミニカーを転がしながら言う。

『本来なら、お前は存在しちゃいけない』

『固定された人格と、消された人格が混ざってる』

 雨音が苦しそうに目を伏せた。

 その反応を見て、理解してしまう。

 嘘じゃない。

「……なんで」

 声が震える。

「なんで俺なんだよ」

 その問いに答えたのは、雨音だった。

「……あなたが、“選ばれなかったから”」

 時間が止まった気がした。

「は……?」

「本当に選ばれたのは、そっち」

 彼女は、子供の俺を見る。

「神代くんは、本来“消される側”だった」

 思考が止まる。

 じゃあ。

 今までの人生は?

 家族は?

 学校は?

 友達は?

 全部。

 “本来いないはずの人格”が生きてきたっていうのか?

『でも消えなかった』

 子供の俺が静かに言う。

『お前は、俺を食って残った』

「違う……!」

『違わない!!』

 叫び声と同時に、資料室の扉が吹き飛んだ。

 轟音。

 鉄扉が宙を舞う。

 埃と紙が吹き荒れる。

 その向こうに、“管理者”がいた。

 天井につくほど巨大な黒い影。

 長すぎる腕。

 不自然な関節。

 胸に埋まった無数の顔。

 顔たちが、一斉にこちらを見る。

『神代湊』

『不安定人格』

『回収を開始します』

 次の瞬間。

 巨大な腕が伸びた。

 速い。

 人間じゃ反応できない速度。

「っ!!」

 だが、その腕を雨音が突き飛ばした。

「逃げて!!」

 轟音。

 床が砕ける。

 紙の束が宙を舞った。

「雨音!!」

「早く!!」

 彼女は叫ぶ。

 だが、その足元が崩れていた。

 管理者の腕が掠った場所から、空間そのものが黒く侵食されている。

 床が“消えて”いる。

 存在が削られている。

 子供の俺が、小さく呟いた。

『触れられたら終わりだよ』

『存在を分解される』

 管理者が再び腕を伸ばす。

 今度は、真っ直ぐ俺へ。

 その瞬間。

 頭の奥で、何かが弾けた。

 視界が白く染まる。

 大量の記憶。

 大量の声。

 大量の“俺”。

『消えたくない』

『助けて』

『俺が本物だ』

『なんで選ばれなかった』

 その全部が、頭の中へ流れ込んでくる。

「ぁ、あああああっ!!」

 叫んだ瞬間。

 世界が止まった。

 雨粒が空中で静止する。

 舞っていた紙も止まる。

 管理者の腕さえ、動きを止めていた。

 静寂。

 完全な静止。

 そして。

 俺の目の前に、“知らない男”が立っていた。

 黒いコート。

 白い手袋。

 年齢不詳の顔。

 その男は、止まった世界の中で、ゆっくり笑った。

「やっと会えたね、神代湊」

 男は、まるで旧友に話しかけるみたいに言った。

「――“管理者に殺されなかった方”の君」

次回第12話、随時更新。

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