トンネル入口激突
第6話
トンネル入口激突
南風11号は、山に叩きつけられていた。
先頭車両は、トンネル入口のコンクリート壁面へめり込むように潰れ、二両目は斜めに浮き上がり、三両目との連結部は大きく折れ曲がっている。
割れた窓。
ねじれた床。
散乱した荷物。
煙。
炎。
そして、助けを求める声。
それが、十一月の四国山地に響いていた。
*
川原恒一は、線路脇へ避難している乗客たちを横目に見ながら、炎の上がる先頭車両へ駆け寄った。
「車掌!」
煙の向こうから声が返る。
「川原さん!」
石原亮介だった。
額から血を流し、制服は煤だらけになっている。
「まだ中に残っちゅう人がおる!」
「何人や!」
「正確には分かりません! でも、先頭側にまだ……!」
川原は炎を見た。
床下から燃え広がっている。
軽油に引火している以上、時間が経てば車両全体へ回る。
しかも、消防はまだ来ない。
いや――来られない。
*
指令本部は混乱の極みにあった。
『予讃線、宇和海付近で津波浸水!』
『高徳線、列車脱線!』
『山陽新幹線、複数列車停止!』
『九州新幹線、車両傾斜確認!』
『道路通行不可多数!』
無線。
電話。
怒号。
泣き声。
誰もが同時に叫んでいた。
「南風11号への救助は!」
「道路が崩落しています!」
「消防隊が近づけません!」
「ヘリは!」
「余震と煙で接近困難!」
画面上には、四国各地で止まった列車の位置が点滅している。
その中で、土讃線・大歩危付近のマークだけが、赤く表示されていた。
⸻
“火災発生”
⸻
最悪の表示だった。
*
現場。
石原は窓際で乗客を誘導していた。
「ゆっくり! 押さないで!」
避難梯子を降りる女性の足が震える。
下では、先に避難した男性たちが受け止めている。
「次!」
「子ども先!」
だが、煙はさらに濃くなっていた。
車内の空気が熱い。
息を吸うだけで喉が焼ける。
その時だった。
「石原……」
低い声。
石原が振り返る。
真鍋悠真が、壁にもたれかかっていた。
*
真鍋の顔色は、異常なほど白かった。
制服の胸元が赤く染まっている。
「真鍋さん!?」
「……ちょっと、息が……」
石原は駆け寄った。
真鍋は、トンネル壁面へ激突した際、運転台へ胸を強打していた。
その時は、アドレナリンで動けていた。
だが今、限界が来ていた。
真鍋は呼吸をするたび、苦しそうに顔を歪める。
「胸が……痛い……」
「座ってください!」
「まだ……人がおる……」
「今は自分を!」
真鍋は首を振った。
だが、その直後。
彼の身体が大きく揺れた。
口元から血がこぼれる。
「真鍋さん!!」
石原が支える。
真鍋の呼吸が浅い。
速い。
胸部の内出血。
折れた肋骨。
肺損傷。
だが、この山の中に医者はいない。
救急車も来ない。
*
川原も駆け寄った。
「真鍋!」
真鍋は、ぼんやりと川原を見た。
焦点が合っていない。
「……川原さん」
「喋るな!」
「……止められんかった……」
「そんなこと言うな!」
川原は怒鳴った。
「お前は最後までようやった!」
真鍋は苦しそうに笑った。
息を吸うたび、胸から嫌な音がする。
「乗客……頼みます……」
「分かったき、もう喋るな!」
真鍋は、小さくうなずいた。
*
その時、また余震が来た。
山が鳴る。
落石。
車体がきしむ。
「伏せて!」
川原が叫ぶ。
線路脇へ避難していた乗客たちが身を縮める。
小石が車体へ当たる。
その衝撃で、先頭車両前方の炎が一気に大きくなった。
「まずい!」
石原が叫ぶ。
熱気が押し寄せる。
もう長くはもたない。
*
川原は決断した。
「石原! 残っとる乗客、すぐ出すぞ!」
「はい!」
「真鍋は外へ!」
「いや……」
真鍋が首を振る。
「最後まで……ここに……」
「馬鹿言うな!」
川原が怒鳴る。
だが、真鍋はもう立てなかった。
呼吸音が変わっている。
冷や汗。
唇の色。
川原には分かった。
内部出血だ。
しかも、かなり悪い。
*
真鍋は、かすれた声で言った。
「……お客さん、助かりますか」
川原は即答した。
「あぁ。助ける」
「……よかった」
真鍋は目を閉じる。
「母親に……運転士になってよかったって……伝えてください……」
「自分で言え!」
川原の声が震える。
「帰るぞ、一緒に!」
だが、真鍋はもう返事をしなかった。
*
「真鍋さん!?」
石原が揺する。
反応がない。
呼吸も、急速に弱くなっていく。
川原は真鍋の肩を掴んだ。
「真鍋!」
返事はない。
真鍋悠真。
三十四歳。
土讃線を愛した若い運転士は、そのまま静かに意識を失った。
*
川原は、しばらく動かなかった。
山の風が吹く。
煙が流れる。
遠くで誰かが泣いている。
助けを求める声も、まだ聞こえる。
だが、その中で。
一人の鉄道員の時間だけが、止まった。
*
石原が涙を拭いながら立ち上がる。
「……まだ、中に人がおります」
川原は目を閉じた。
一秒だけ。
そして、ゆっくり立ち上がる。
「助けるぞ」
声は低かった。
「真鍋の分まで」
*
炎はさらに広がっていく。
だが、救助隊はまだ来ない。
道路は寸断。
指令は混乱。
水も足りない。
余震は止まらない。
それでも、鉄道員たちは動き続ける。
助けられる命を、一人でも多くつなぐために。
⸻
次回予告
第7話「炎の車内」
真鍋悠真、殉職。
悲しむ暇もなく、川原と石原は残された乗客救助へ向かう。
しかし炎は車内を飲み込み始めていた。
窓を破り、座席を壊し、わずかな脱出路を作る乗客たち。
一方、南風14号でも、水不足と不安が限界へ近づいていく。
次回、
第7話「炎の車内」
助けたい命と、助けきれない現実が、鉄道員たちへ突きつけられる。




