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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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57/79

『白い毛布の母 ― 白田栄子の生きた道 ―』


スピンオフ2時間ドラマ


『白い毛布の母 ― 白田栄子の生きた道 ―』


映画『海の声が聞こえなくても』の大反響を受け、白田栄子の人生に焦点を当てた2時間ドラマの制作が決まった。


放送は、日テレ系列のチャリティー番組内ドラマ枠。


これは、小百合の物語では描ききれなかった「支える側の人生」を描く作品である。



物語の始まり


白田栄子は、小学校教師だった。


子どもたちの名前を一人ひとり覚え、少し元気がない子にはさりげなく声をかける。

教室では明るく、家では結婚したばかりの夫と穏やかな時間を過ごしていた。


両親との関係も良く、休日には実家へ顔を出し、母の作った煮物を食べながら、父の昔話を聞いて笑っていた。


栄子にも、普通の幸せがあった。


けれど、南海トラフ巨大地震が、その日常を奪う。


両親を失う。

夫を失う。

家も失う。


本来なら、栄子自身が誰かに支えられる側だった。


それでも避難所で、声を失った少女・田中小百合と出会う。



栄子が見た小百合


小百合は、避難所の片隅に座っていた。


泣かない。

食べない。

眠れない。

名前を呼んでも、返事がない。


栄子は、その小さな背中を見て思う。


「この子を、一人にしてはいけない」


それは教師としての責任だけではなかった。


自分もすべてを失ったからこそ、小百合の沈黙の深さがわかった。


栄子は、ただ隣に座る。


「小百合ちゃん」


返事はない。


「水、少し飲もうか」


返事はない。


それでも栄子は、毎日名前を呼ぶ。


声が戻るまでではない。

心が少しでも凍りつかないように。



日々の暮らしの中のタイガース


このドラマで重要になるのが、栄子が知っていく「田中家にとっての阪神タイガース」である。


最初、栄子にとってタイガースは、ただの野球チームだった。


けれど、小百合の過去を少しずつ聞く中で、その意味が変わっていく。


小百合の家では、タイガース戦の日、食卓が特別な場所になっていた。


父・勝は口数少なくテレビを見つめる。

母・美紀は台所から「ご飯冷めるよ」と言いながら、試合展開にちゃっかり反応する。

兄・悠斗は、小百合が叫びすぎるたびに「家の中に甲子園できちゅうやん」とからかう。

そして小百合は、点が入るたびに全身で喜ぶ。


それは単なる応援ではなかった。


田中家にとってタイガースは、家族四人が同じ方向を向く時間だった。


忙しい日も、疲れた日も、少しけんかした日も、試合が始まればみんなテレビの前に集まった。


勝が静かに笑う。

美紀が料理を運ぶ。

悠斗がツッコむ。

小百合が騒ぐ。


その全部が、家族の記憶だった。



栄子の目線


栄子は、タイガースのことを深く知らなかった。


でも、小百合がサインボールを見つめる目。

ビデオメッセージを見て泣く姿。

ノートに「また応援したい」と書いた文字。


それを見て、栄子は気づく。


この子にとってタイガースは、過去そのものなのだと。


父のいる居間。

母の作った夕ごはん。

兄のからかう声。

親友・美波が好きだと言ってくれた六甲おろし。


すべてが、タイガースにつながっている。


だから栄子は、球団にメッセージを送る。


「どうか、今は私の娘となった小百合を励ましていただけないでしょうか」


それは、栄子にとって初めての“母としての行動”でもあった。


自分では小百合の心に届かないかもしれない。

でも、小百合の大好きだったものなら届くかもしれない。


栄子はそう信じた。



ドラマの中盤


タイガースから届いたビデオメッセージを見た小百合は、涙を流す。


声はまだ出ない。


けれど、ノートに書く。


「ありがとう」


そして、もう一行。


「また、応援したい」


栄子はその文字を見て、泣く。


それは、小百合が初めて未来に向けて書いた言葉だった。


栄子は思う。


この子は、野球に救われたのではない。

家族と過ごした時間を、もう一度思い出せたのだ。



クライマックス


成長した小百合は、タイガースの球団職員になる。


栄子はテレビでその姿を見る。


そして、タイガースが日本一に輝く夜。


栄子は自宅で、田中家の遺影と白田家の遺影に語りかける。


「勝さん、美紀さん、悠斗さん。小百合、ここまで来ましたよ」


「お父さん、お母さん、あなた。私たちの娘は、夢の場所に立っています」


タイガースは、もはや小百合だけのものではなくなっていた。


栄子にとっても、それは娘の人生を支えてくれた存在になっていた。



ラスト


病室のベッドで、栄子は小百合たちに囲まれる。


小百合。

航平。

悠斗。

美波。

孫たち。


栄子は静かに言う。


「私は、みんなに囲まれて幸せな人生だったよ。ありがとう」


そして最後に、小百合へ。


「あなたが生きてくれたから、私も生きられた」


血のつながりはなかった。


けれど、二人は本当の母と娘だった。



このドラマが描くもの


『白い毛布の母』は、災害後に誰かを支える人の物語である。


大きなことをするわけではない。


毛布をかける。

ご飯を作る。

名前を呼ぶ。

そばにいる。

好きなものを一緒に大切にする。


その積み重ねが、人を生かす。


そして栄子は、小百合を支えながら、自分自身も救われていった。



キャッチコピー


血はつながっていない。

けれど、母になった。


白い毛布の中で、

ひとりの少女と、ひとりの教師は、

家族になった。









「お母さんは、再婚しないの?」


 小百合が嫁ぐ少し前の夜。


 復興住宅の台所には、いつものように湯気が立っていた。


 栄子は夕食の片づけをしている。

 小百合は食卓に座り、少しだけ言葉を探していた。


「お母さん」


「うん?」


「聞いてもえい?」


「もちろん」


 小百合は、しばらく黙った。


 そして、ゆっくり言った。


「お母さんは……再婚しないの?」


 栄子の手が、ほんの少し止まった。


 けれどすぐに、いつものように皿を拭き始めた。


「急にどうしたが?」


 小百合は視線を落とした。


「私、もうすぐ航平くんと結婚するやろ」


「うん」


「私が家を出たら、お母さん、一人になるき」


 栄子は何も言わなかった。


「お母さんは、私をここまで育ててくれた。全部失った私を、ずっと守ってくれた」


 小百合の声が震えた。


「だから……お母さんにも、自分の幸せを考えてほしい」


 栄子は、静かに布巾を置いた。


 そして、小百合の向かいに座った。


     *


「小百合」


「うん」


「ありがとう」


 栄子は、やさしく微笑んだ。


「そう思ってくれるだけで、お母さんは十分幸せやよ」


 小百合は首を横に振った。


「でも……」


「寂しくないわけじゃない」


 栄子は正直に言った。


「あなたが嫁いだら、この家は静かになると思う。ご飯を二人分作ることもなくなるし、朝に『小百合、起きなさい』って言うことも減る」


 小百合の目に涙が浮かぶ。


「でもね」


 栄子は胸に手を当てた。


「お母さんには、あなたと生きた時間がある」


     *


「結婚したばかりの夫を亡くして、両親も失って」


 栄子の声は静かだった。


「本当なら、私は一人で壊れていたかもしれん」


 小百合は黙って聞いていた。


「でも、避難所であなたに会った」


 白い毛布。

 声を失った少女。

 何も映していない目。


 あの日の小百合を、栄子は今も忘れない。


「あなたを守らなきゃって思った」


 栄子は少し笑った。


「でも、今思えば、守られていたのは私の方やった」


「お母さん……」


「あなたがいたから、私は朝起きられた。ご飯を作れた。仕事にも戻れた。母になれた」


 小百合の涙がこぼれた。


     *


「だから、再婚しなかったことを犠牲やとは思ってない」


 栄子は、はっきりと言った。


「お母さんの幸せは、あなたを育てた時間の中にちゃんとある」


「でも、これからは?」


「これからもあるよ」


 栄子は小百合の手を握った。


「小百合が航平さんと幸せに暮らすこと。子どもが生まれたら、抱かせてもらうこと。時々帰ってきて、『お母さん、ただいま』って言ってくれること」


 少し照れたように笑う。


「それで十分……と言ったら、小百合は怒るかもしれんけど」


 小百合は涙を拭きながら笑った。


「怒る」


「やっぱり」


「でも……わかった」


     *


 栄子は小百合を抱きしめた。


「小百合」


「うん」


「あなたは、遠慮なく幸せになりなさい」


 小百合は、栄子の胸に顔をうずめた。


「お母さんも」


「うん」


「お母さんも、幸せでおって」


 栄子は、小百合の背中をゆっくり撫でた。


「私はもう、幸せやよ」


     *


 この場面は、栄子の生き様をよく表す。


 再婚しないことが美徳なのではない。


 栄子は、自分の人生を諦めたのではない。


 小百合と生きた時間を、自分の人生の幸せとして選んだ。


 そして小百合もまた、栄子に“母”としてだけでなく、“一人の女性”として幸せでいてほしいと願った。


 それは、親子になった二人が、ようやく対等に相手の人生を思いやれるようになった瞬間だった。





『白い毛布の母 ― 白田栄子の生きた道 ―』


最後のシーン


 病室には、夕方のやわらかな光が差し込んでいた。


 白田栄子は、静かにベッドへ横たわっている。


 窓の外では、風が木々を揺らしていた。


 小百合。

 航平。

 悠斗。

 美波。

 孫たち。


 みんなが、栄子の周りにいた。


 病室には泣き声はない。


 代わりに、長い時間を一緒に生きてきた家族の、静かな空気が流れていた。


     *


「お母さん」


 小百合がそっと呼ぶ。


 栄子は、ゆっくり目を開けた。


「……小百合」


「うん」


「みんな、おるねぇ」


 栄子は少しだけ笑った。


 その顔は、とても穏やかだった。


     *


 悠斗が、栄子の手を握る。


「ばあちゃん」


「ん?」


「俺、ちゃんと管理栄養士になったで」


「知っちゅうよ」


「タイガースで働けてる」


「うん……立派や」


 美波も涙をこらえながら言う。


「おばあちゃん、今年のドラフト候補、全部頭入っちゅうきね」


 病室に小さな笑いが広がる。


「ほんま、タイガース好きやねぇ」


 栄子が笑う。


 その笑顔を見て、小百合の目から涙が落ちた。


     *


「お母さん」


 小百合が、もう一度呼ぶ。


「うん?」


「ありがとう」


 その一言に、栄子は静かに目を細めた。


「私……お母さんがおらんかったら、生きられんかった」


 声が震える。


「声も出んかった私を、ずっと抱きしめてくれて……」


 小百合は泣きながら続ける。


「ご飯作ってくれて、名前呼んでくれて、一緒に泣いてくれて……」


 栄子は、ゆっくり首を横に振った。


「違うよ」


「え……?」


「お母さんが、生きられたのも……小百合がおったからや」


     *


 病室が静まり返る。


 栄子は、一人ひとりの顔を見た。


 小百合。

 航平。

 悠斗。

 美波。

 その向こうにいる、小さな孫たち。


 そして、見えない場所にも。


 田中勝。

 田中美紀。

 田中悠斗。

 自分の両親。

 亡き夫。


 みんながいる気がした。


     *


 栄子は、少しだけ天井を見上げた。


「勝さん……美紀さん……」


 小百合が息を呑む。


「小百合、ちゃんと育ったよ」


 涙が、栄子の目尻を伝う。


「航平さんと出会って、母になって、笑えるようになった」


 小さく笑う。


「タイガースの球団職員にもなった」


 栄子の声は弱い。


 でも、一言一言が、はっきり届く。


     *


「お父さん、お母さん……あなた……」


 今度は、白田家へ語りかける。


「私……頑張れたかなぁ」


 病室で、小百合が泣き崩れそうになる。


 航平が、そっと肩を抱く。


     *


 そして栄子は、もう一度みんなを見た。


 本当に幸せそうな顔だった。


「私はねぇ……」


 呼吸が少し苦しそうになる。


 それでも、栄子は笑った。


「幸せな人生だったよ」


 小百合が、声を上げて泣く。


「お母さん……!」


「ありがとう……」


 栄子は、小百合の手をそっと握った。


「みんな……ありがとう」


     *


 その瞬間。


 病室に夕日が差し込んだ。


 まるで、白い毛布のようなやさしい光だった。


 栄子は、静かに目を閉じる。


 苦しそうな表情はない。


 ただ、安心したような顔だった。


     *


 小百合は、栄子の手を握ったまま泣き続けた。


「お母さん……」


 悠斗も、美波も、涙を流していた。


 航平は、静かに頭を下げた。


 孫たちは、小さな手を合わせる。


     *


 病室のテレビでは、偶然タイガース戦のダイジェストが流れていた。


 歓声。


 六甲おろし。


 選手たちの笑顔。


 栄子が、ずっと見守ってきた人生の音だった。


     *


 放送後。


 SNSには、無数の感想が投稿された。



「最後の15分、涙が止まらなかった」


「“幸せな人生だったよ”が重すぎる」


「栄子先生、本当に母だった」


「血がつながってなくても、家族になれるんだなって思った」


「白い光が差し込む演出で完全に崩壊した」


「今年一番泣いた」



 特に、多くの視聴者の胸を打ったのは、栄子が最期まで“ありがとう”を言い続けたことだった。


 失ったものは多かった。


 それでも彼女は、自分の人生を“不幸だった”とは言わなかった。



「私は、幸せな人生だったよ」



 その一言は、多くの視聴者の心に、静かに、深く残り続けた。


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