日本一の夜
日本一の夜
勝利監督インタビューと、栄子のテレビの前
PayPayドームの歓喜は、まだ終わっていなかった。
タイガースの選手たちは、敵地のグラウンドで肩を抱き合い、涙を流し、何度も拳を突き上げていた。
そして、勝利監督インタビューが始まった。
マイクの前に立った監督は、しばらく言葉を探していた。
「本当に……選手たちが、最後まで諦めませんでした」
声が震えていた。
「二勝三敗になって、もう後がない中で、福岡に戻ってきました。ホークスさんは本当に強いチームです。何度も跳ね返されてきた相手です。でも、今日は選手もスタッフも、ファンの皆さんも、全員で勝ち取った日本一だと思います」
スタンドのタイガースファンから、大きな拍手が起こる。
「九回表、ツーアウトランナーなしから森田がつないで、篠田が決めてくれました。あれが今年のタイガースの野球です。最後の最後まで、誰も諦めない」
*
続いて、殊勲の逆転ツーランを放った篠田洋一が呼ばれた。
篠田は、まだ目を赤くしていた。
「正直、今日は全然ダメでした」
少し笑いが起きる。
「三振、内野ゴロ、内野ゴロで……最後も難しい球でした。でも、もう考えても仕方ないと思って。最後くらい、自分のスイングをしようと」
インタビュアーが聞く。
「打球がライトポール際へ飛んだ瞬間、どう思いましたか?」
篠田は、少し間を置いた。
「切れるな、って。それだけです」
そして、笑いながら涙を拭いた。
「入った瞬間は、もう何も覚えてないです。森田さんが出てくれたから、自分が打てました。山田が最後抑えてくれたから、日本一になれました。全員の勝利です」
*
その頃。
高知の自宅で、栄子はテレビの前に座っていた。
画面には、涙を流す監督と篠田の姿。
その奥に、球団職員として忙しく動く小百合と航平の姿が、ほんの一瞬映った。
栄子は、口元を押さえた。
「小百合……」
テレビの中の小百合は泣いていた。
泣きながら、でも確かにその場所に立っていた。
栄子の目にも涙が浮かぶ。
「小百合、航平さん」
栄子は、テレビに向かって静かに言った。
「おめでとう」
*
栄子は立ち上がり、部屋の奥へ向かった。
そこには、二つの場所があった。
田中家の遺影。
田中勝。
田中美紀。
田中悠斗。
そして、白田家の遺影。
栄子の両親。
亡き夫。
栄子は、まず田中家の遺影の前に座った。
「勝さん、美紀さん、悠斗さん」
涙を拭いながら、微笑む。
「小百合、やりましたよ」
声が震える。
「あの子、タイガースの球団職員になって、最初の年に日本一を見届けました」
少し笑った。
「きっと、泣きすぎて仕事にならんくらい泣いちゅうと思います」
栄子は深く頭を下げた。
「でも、ちゃんと立っていました。あの子、ちゃんと自分の夢の場所に立っています」
*
次に、白田家の遺影の前に向かった。
「お父さん、お母さん」
栄子は静かに手を合わせた。
「そして、あなた」
亡き夫の写真を見つめる。
「小百合が、日本一の夜に立ち会いました」
栄子の目から涙が落ちた。
「あの子を引き取った時、ここまでの日が来るなんて思えませんでした。食べることも、話すことも、眠ることもできなかったあの子が……今、球団職員として働いています」
栄子は、胸に手を当てた。
「私も、あの子に生かされました」
*
テレビからは、六甲おろしが流れていた。
栄子は、遺影の前に座ったまま、その音を聞いた。
昔、小百合がまだ小さかった頃。
田中家の居間を甲子園みたいにしていたという話を、何度も聞いた。
今、その歌が、日本一の夜に流れている。
栄子は涙ぐみながら笑った。
「小百合」
テレビの方へ戻りながら、そっとつぶやいた。
「よかったね」
そして、もう一度だけ言った。
「ほんとうに、おめでとう




