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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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結婚する我が子へ

第50話


結婚するわが子へ


 春の柔らかな光が差し込む日。


 小百合は、少し離れた場所から二人の背中を見ていた。


 悠斗と美波。


 あの小さかった子どもたちが、今、大人として並んで立っている。


 胸がいっぱいになった。


     *


 先に結婚式を迎えたのは、美波だった。


 白いドレスに身を包み、ゆっくりと歩く姿。


 その隣に立つのは、阪神タイガースのエースピッチャー。


 二十三歳にして、すでに通算二十勝を挙げている若きエース。


 試合では堂々としているその姿も、この日はどこか緊張していた。


「美波、ほんまにえいが?」


 小百合が小さく聞く。


 美波は笑った。


「お母さんよりタイガース好きな人見つけたき、大丈夫」


「それは強いね」


 航平が横で笑った。


     *


 披露宴で、美波はマイクを握った。


「お母さん」


 その一言で、小百合の目に涙が浮かぶ。


「私に美波って名前をくれてありがとう」


 会場が静まる。


「その名前には、たくさんの思いがあるって知ってる。でも、私はその全部を背負うんじゃなくて、つないでいく人になりたい」


 小百合は涙をこらえた。


「これからも、いっぱい笑って、いっぱい応援して、いっぱい支えていく」


 美波は少し照れながら言った。


「だって、タイガースのエースの奥さんやし」


 会場に笑いが広がった。


     *


 その数年後。


 悠斗もまた、結婚の日を迎えた。


 相手は、女子プロゴルファー。


 その年の賞金女王の最有力候補と呼ばれる実力者だった。


 しっかりとした眼差しと、穏やかな笑顔を持つ女性。


「お母さん」


 悠斗が言う。


「ちゃんと選んだで」


「見たらわかるよ」


 小百合は笑った。


「えい人やね」


 悠斗は少し照れたように笑った。


     *


 式の中で、小百合は母として言葉を贈った。


「悠斗、美波」


 二人を見つめる。


「お母さんはね、あなたたちを見ていて、何度も思った」


 少し息を吸う。


「お父さん、お母さん、お兄ちゃんにも、この姿を見せてあげたかったって」


 声が少し震えた。


 でも、止まらなかった。


「でもね」


 小百合は優しく笑った。


「きっと、見てくれている」


 悠斗と美波の目にも涙が浮かぶ。


「二人がここまで来たのは、あなたたち自身の力。でも、その後ろには、たくさんの人の思いがある」


 栄子を見た。


 航平を見た。


 そして、写真の中の人たちを思い浮かべた。


「そのことを忘れずに、これからの人生を歩いてほしい」


     *


「つらいこともある」


「逃げたくなることもある」


「でも、手を離さんでほしい」


 小百合は静かに言った。


「支え合って、生きていってほしい」


 最後に、やわらかく笑った。


「そして、いっぱい笑って」


     *


 式が終わり、会場の外に出た時。


 小百合は、空を見上げた。


「お父さん、お母さん、兄ちゃん」


 小さくつぶやく。


「見えた?」


 風が、やさしく吹いた。


 それは、答えのようだった。


     *


 小百合は振り返る。


 航平がいる。


 栄子がいる。


 そして、巣立っていく子どもたちがいる。


 失ったものは、戻らない。


 でも、つながっている。


 名前も、想いも、命も。


 小百合は静かに笑った。


 母として、すべてを見届けながら。



次回予告


第51話「桂浜に立つ母」


 子どもたちを送り出した小百合。


 ふと、自分の原点へ戻りたくなる。


 あの日、すべてを失った場所――桂浜へ。


 恐怖と悲しみの記憶。


 それでも、生きてきた証。


 次回、

 第51話「桂浜に立つ母」


 小百合は、母として、もう一度あの海に向き合う。

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