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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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子どもたちの巣立ち

 第49話

 子どもたちの巣立ち


 悠斗と美波は、それぞれの道へ進み始めた。


 母・小百合から聞いた「あの日」の記憶。


 逃げること。

 生き延びること。

 助かった命を守り続けること。

 好きなものを、生きる力に変えること。


 二人は、その言葉を胸に育った。


 *


 美波は、阪神タイガースのスコアラーとして採用された。


 幼い頃から選手データを読み込み、小百合よりも詳しいと言われていた美波。


「やっぱり来たか」


 小百合は笑った。


「お母さん、私の分析力なめたらいかんで」


「昔からなめてないよ。怖いくらい詳しかったき」


 美波は胸を張った。


「データでチームを支えるが、私の仕事やき」


 *


 悠斗もまた、タイガースに採用された。


 管理栄養士として。

 そしてトレーナーとして。


 選手の体を食事とコンディショニングの両面から支える道を選んだ。


「名前負けせんように頑張る」


 悠斗は、兄・悠斗のグローブの前でそう言った。


 小百合は涙ぐみながら笑った。


「兄ちゃん、喜んじゅうよ」


 *


 高知へ帰省すると、森川家はいつも甲子園球場みたいになった。


 栄子、芳雄、正恵、親戚たち。


 そこに小百合、航平、悠斗、美波がそろえば、話題はほとんどタイガース。


「今日の投手起用はどう思う?」


「美波に聞いたら三時間返ってくるで」


「悠斗、選手の食事メニュー語り始めたら止まらんきね」


 栄子は笑いながら言った。


「ほんま、田中家甲子園がまた戻ってきたみたいや」


 小百合はその言葉に、少しだけ空を見上げた。


 父と母と兄の笑い声が、どこかで混じっている気がした。


 *


 ある日、栄子は一人で墓参りに向かった。


 まず、田中家の墓へ。


「勝さん、美紀さん、悠斗さん」


 栄子は手を合わせた。


「小百合の子どもたち、大きくなりました」


 風が静かに吹く。


「美波ちゃんはスコアラーに。悠斗くんは管理栄養士とトレーナーに。二人とも、小百合と航平くんの背中を見て、ちゃんと自分の道を見つけました」


 栄子は涙を浮かべた。


「小百合は、立派なお母さんになりましたよ」


 *


 次に、白田家の墓へ向かった。


 両親と、亡き夫が眠る場所。


「お父さん、お母さん」


 栄子は静かに語りかけた。


「私、孫ができました」


 少し笑う。


「血はつながっていないけど、私にとっては本当の孫です」


 そして、亡き夫の写真を思い浮かべた。


「あなたにも見せたかった。小百合が母になって、その子どもたちが巣立っていく姿」


 栄子は、深く頭を下げた。


 *


 子どもたちは巣立っていく。


 でも、離れていくわけではない。


 父と母と兄、美波、栄子の家族。


 失われた命の記憶は、次の世代の中に生きている。


 小百合は、そのことを知っていた。


 だから、悠斗と美波が神戸へ向かう日、笑って送り出した。


「行ってきます」


 二人が言う。


 小百合は、少し泣きながら笑った。


「行ってらっしゃい」


 かつて母に言われた言葉を、今度は自分が子どもたちに渡した。


 次回予告

 第50話「結婚するわが子へ」


 巣立った悠斗と美波。


 それぞれの人生を歩み、やがて大切な人と出会う。


 小百合は、母として、二人の結婚を見届ける日を迎える。


 父と母と兄から受け取った愛。

 栄子から受け取った愛。

 航平と築いた家族。


 そのすべてを胸に、小百合は子どもたちへ言葉を贈る。


 次回、

 第50話「結婚するわが子へ」

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