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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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女の子が生まれた日

第46話


女の子が生まれた日


 悠斗が少し大きくなった頃。


 小百合と航平のもとに、二人目の命が生まれた。


 女の子だった。


 小百合は、胸元に抱かれた小さな命を見つめながら、静かに涙を流した。


「……美波」


 その名前は、ずっと決めていた。


 浜口美波。


 小百合の親友。

 海を描くのが好きだった女の子。

 小百合のことを「風みたい」と言ってくれた子。


 その名前を、娘に託した。


 森川美波。


     *


 病室には、すぐに家族が駆けつけた。


 栄子は赤ちゃんを見た瞬間、目を潤ませた。


「美波ちゃん……」


 航平の両親も、何度も「かわいいね」と言いながら祝福してくれた。


 そして――


 浜口直子と雄介も来てくれた。


 美波の両親だった。


 直子は、赤ちゃんの名前を聞くと、その場で涙をこぼした。


「小百合ちゃん……ほんまに、えいが?」


 小百合はうなずいた。


「美波の名前、もらったよ」


 雄介は何も言わず、深く頭を下げた。


 その肩が震えていた。


     *


 小百合は、赤ちゃんを抱いたまま、そっと語りかけた。


「美波」


 それは、娘に向けた声であり、天国の親友に向けた声でもあった。


「女の子が生まれたよ」


 涙が頬を伝う。


「美波の名前、もらったよ」


 直子が口元を押さえ、栄子が小百合の背中に手を添える。


「ありがとう」


 小百合は、赤ちゃんの小さな手に指を触れた。


「あなたが残してくれた絵も、言葉も、ずっと私の中にある」


     *


 悠斗が、病室のベッドの横から赤ちゃんをのぞき込んだ。


「妹?」


 航平が笑う。


「そう。悠斗の妹」


「みなみ?」


「うん。美波」


 悠斗は少し考えてから言った。


「かわいい」


 その一言で、病室に小さな笑いが広がった。


     *


 小百合は、美波を抱きながら思った。


 兄の名前は、悠斗に。

 親友の名前は、美波に。


 失った人たちを、過去に閉じ込めるのではなく、未来へつないでいく。


 それは忘れることではなかった。


 愛し続けることだった。


     *


 夜。


 病室が静かになると、小百合は赤ちゃんを抱いて窓の外を見た。


「美波」


 小さく呼ぶ。


「あなたには、優しい絵を描く人の名前をあげたんだよ」


 赤ちゃんは眠ったまま、やわらかく息をした。


「いつか話すね。お母さんの大切な親友のこと」


 小百合は微笑んだ。


「そして、いっぱい笑おうね」


 女の子が生まれた日。


 小百合の人生に、また新しい光が灯った。



次回予告


第47話「母になるということ」


 悠斗と美波、二人の子どもを育てる小百合。


 忙しい毎日。

 泣き声。

 寝不足。

 食事作り。

 仕事との両立。


 母になった小百合は、改めて思う。


 美紀は、どんな思いで自分を育ててくれたのだろう。


 栄子は、どれほどの覚悟で自分を抱きしめてくれたのだろう。


 次回、

 第47話「母になるということ」

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