失った家族への報告
第44話
失った家族への報告
神戸での生活が始まって、しばらく経った頃。
小百合と航平は、高知へ戻っていた。
手には花と線香。
胸の中には、それぞれの「報告」。
*
最初に訪れたのは、田中家の墓だった。
父・勝。
母・美紀。
兄・悠斗。
小百合は、ゆっくりと手を合わせた。
「お父さん、お母さん、兄ちゃん」
少し間を置く。
航平が隣で静かに頭を下げる。
「小百合、結婚したよ」
その言葉は、何度も心の中で練習していたものだった。
けれど、実際に口にすると、胸がいっぱいになった。
「この人、航平くん」
航平が深く頭を下げる。
「森川航平です。小百合さんと一緒に、これからの人生を歩かせていただきます」
小百合は続けた。
「それとね……夢、叶った」
涙がにじむ。
「タイガースで働きゆう。しかも、航平くんも一緒」
風が静かに吹いた。
まるで、聞いているかのように。
「二人で、誰かを支える仕事しゆう。球場に来る人たちも、選手も、ちゃんと守れるように」
小百合は、少し笑った。
「だから……安心して」
最後に、小さく言った。
「私たち、ちゃんと生きちゅうよ」
*
次に訪れたのは、美波の墓だった。
小百合は、スケッチブックのコピーをそっと供えた。
「美波」
声が少し柔らかくなる。
「覚えちゅう?うちの六甲おろし」
航平が少し驚いた顔をする。
小百合は笑った。
「また、歌えるようになったよ。ちょっとだけやけど」
目を閉じる。
「今度は、誰かを元気にする側になりたい」
風が頬をなでた。
あの頃のように。
*
最後に、栄子の家族の墓へ向かった。
栄子も手を合わせる。
小百合と航平は、その後ろに立った。
「お母さん」
小百合が小さく呼ぶ。
「うん?」
「ここまで、ありがとう」
栄子は、振り向かずに答えた。
「こちらこそやよ」
*
帰り道。
三人はゆっくり歩いていた。
空は少し曇っていたが、風は穏やかだった。
小百合は、少し迷ってから口を開いた。
「お母さん」
「うん?」
「ひとつ、聞いてもえい?」
「えいよ」
小百合は少しだけ視線を落とした。
「お母さんは……再婚とか、考えたことある?」
栄子の足が、ほんの一瞬だけ止まった。
航平は少し距離を取って、二人の後ろを歩いた。
*
栄子は、ゆっくり歩きながら答えた。
「考えたことがないわけじゃないよ」
小百合は顔を上げた。
「でもね」
栄子は少し空を見た。
「無理に新しい形を作らなくても、今のままで十分やと思った」
小百合は黙って聞く。
「お父さんと過ごした時間は、ちゃんとここにある」
胸に手を当てる。
「それに……小百合と過ごした時間が、あまりにも大きくてね」
少し笑った。
「気づいたら、再婚しようって気持ちより、“このままでえい”って思うようになっちょった」
*
「寂しくない?」
小百合が聞く。
栄子は首を横に振った。
「寂しい時もある。でもね」
小百合の方を見る。
「一人じゃない」
その言葉は、静かで、確かなものだった。
「小百合がおる。航平くんもおる」
航平が少し照れたように頭を下げる。
「それに、亡くなった人たちも、ちゃんとここにおる」
栄子は胸を軽く叩いた。
「だから、大丈夫」
*
小百合は、ゆっくりとうなずいた。
「そっか」
そして、少しだけ笑った。
「お母さんらしい」
「そう?」
「うん」
*
三人は並んで歩いた。
過去を抱えたまま。
失った人たちを胸に抱いたまま。
それでも、前へ進むために。
⸻
次回予告
第45話「男の子が生まれた日」
神戸での生活が続く中、小百合と航平に新しい命が宿る。
不安と喜びが入り混じる日々。
そして迎える出産の日。
小百合は、自分が「母になる」という現実と向き合う。
次回、
第45話「男の子が生まれた日」
命のバトンが、次の世代へとつながっていく




