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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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親友・美波との秘密基地

第4話

親友・美波との秘密基地


 防波堤の陰にある小さな空き地。


 そこが、小百合と美波の秘密基地だった。


 流木を並べた入口。

 割れた浮き球。

 きれいな貝殻。

 美波が描いた魚の絵。

 小百合が拾ってきた、なぜか妙にかっこいい石。


「これ、今日から宝物一号にするき!」


「小百合ちゃん、それ昨日も言いよったよ」


「昨日のは宝物ゼロ号」


「ゼロ号って何なが?」


「始まりの宝物!」


 美波は笑いながら、スケッチブックを開いた。


 海から吹く風が、ページをぱらぱらとめくる。そこには、小百合の絵が何枚も描かれていた。


 走っている小百合。

 カニに指を挟まれて叫んでいる小百合。

 防波堤で兄の悠斗と競争している小百合。

 タイガースの応援で立ち上がっている小百合。


「ちょっと待って。これ、うち叫びすぎやない?」


「小百合ちゃんは、だいたい叫びゆうき」


「そんなことない!」


「今も叫びゆう」


 小百合は口を押さえた。


 美波がくすくす笑う。


 小百合は照れ隠しに、秘密基地の端へ座った。目の前には、夕方前の海が広がっている。波は穏やかで、太陽の光を受けてきらきらしていた。


「美波」


「なに?」


「美波は、大きくなったら何になるが?」


 美波は鉛筆を止めた。


 少しだけ考えてから、海を見た。


「うちは……絵を描く人になりたい」


「画家?」


「うん。でも、ただ有名になりたいとかやなくて」


「うん」


「ここの海を描きたい。桂浜の風とか、港の匂いとか、夕方の色とか。そういうのを、ちゃんと残せる人になりたい」


 小百合は黙って聞いていた。


 美波の声は小さかったけれど、不思議と強かった。


「あとね」


「うん」


「小百合ちゃんも描きたい」


「うち?」


「うん。走りゆう小百合ちゃん。笑いゆう小百合ちゃん。怒りゆう小百合ちゃん。タイガース応援しゆう小百合ちゃん」


「最後いる?」


「いる」


 美波は真面目な顔で言った。


「小百合ちゃんは、見よったら元気になるき」


 小百合は顔を赤くした。


「美波は、すぐそういうこと言う」


「ほんまのことやもん」


 小百合は照れくさくなって、近くの石を拾った。


「うちはね」


「うん」


「お父さんとお母さんと兄ちゃんと同じ、水産加工会社で働きたい」


 美波はやさしくうなずいた。


「前から言いよったね」


「うん。魚の匂いも、機械の音も、氷の冷たさも、全部好きなが。お父さんが魚を仕分けゆう背中も、お母さんが笑いながら仕事しゆうところも、兄ちゃんが作業着で箱を運びゆうところも」


 小百合は海を見つめた。


「うちも、あそこに入りたい。家族と同じ場所で働きたい」


「小百合ちゃんらしい夢やね」


「そう?」


「うん。小百合ちゃんは、家族が好きやき」


 小百合は少しだけ黙った。


 波の音が、二人の間にゆっくり流れた。


「美波」


「なに?」


「美波が絵を描く人になったら、うちの会社の魚の絵も描いてよ」


「魚?」


「うん。めっちゃかっこよく」


「魚をかっこよく?」


「タイガースみたいに!」


「魚が?」


「強そうなカツオ!」


 美波はとうとう吹き出した。


「なにそれ」


「えいろ? 会社の看板にするが!」


「小百合ちゃん、社長になるつもり?」


「それもえいね!」


「夢が増えた」


 二人は笑った。


 秘密基地の中に、子どもらしい夢がぽんぽん転がっていく。


 美波はスケッチブックの新しいページを開いた。


「じゃあ、今の小百合ちゃん描く」


「今?」


「うん。夢を語りゆう小百合ちゃん」


「かっこよく描いてよ」


「うん。世界一かっこよく描く」


 小百合は胸を張った。


「ほいたら、うちは将来、美波の絵を会社に飾る!」


「ほんま?」


「ほんま! 田中家水産加工会社、美波ギャラリー付き!」


「会社名、勝手に変わっちゅう」


「えいがやき!」


 美波は笑いながら、小百合を描き始めた。


 鉛筆が紙の上を走る音。

 遠くの波音。

 カモメの声。

 潮風。


 小百合はじっとしているのが苦手だったけれど、その時だけは動かなかった。


 美波が自分を描いてくれている。


 それが、なんだかとても嬉しかった。


「ねえ、美波」


「なに?」


「大人になっても、ここ来ようね」


 美波の手が少し止まった。


 それから、ゆっくりうなずいた。


「うん。来よう」


「約束やき」


「約束」


 二人は小指を絡めた。


 海辺の小さな秘密基地。


 流木と貝殻と、子どもっぽい夢だけでできた場所。


 その日、二人はまだ知らなかった。


 その約束が、いつか小百合の胸を締めつけるほど大切な記憶になることを。


 夕方の海は、ただ静かに光っていた。


次回予告

第5話「海が笑っていた頃」


 小百合たちにとって、海は遊び場だった。


 カニを追いかけ、魚を釣り、波打ち際を走り、濡れた靴を母に叱られる。


 美波は海を描き、隆は防波堤を走り、大翔は釣れない釣りを自慢する。


 誰もが、海はいつもそこにあると思っていた。


 優しくて、明るくて、笑い声を返してくれる場所だと信じていた。


 次回、

 第5話「海が笑っていた頃」


 あまりにも眩しい日常が、静かに積み重なっていく。

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