誰かを助けたい
第36話
誰かを助けたい
小百合は、人前で語れなかった。
声が震え、喉が詰まり、涙が先にあふれてしまう。
けれど、ノートには書けた。
あの日のこと。
逃げること。
助かった後の避難所のこと。
美波のこと。
そして、もう誰にも同じ思いをしてほしくないという願い。
*
防災担当の先生は、そのノートを読んで長く黙っていた。
そして、静かに言った。
「白田さん」
「……はい」
「これは、あなたにしか書けない言葉だよ」
小百合は顔を上げた。
「うまく話せなくてもいい。泣きながらでもいい。書いたものを誰かが読むだけでも、これは伝わる」
先生はノートをそっと返した。
「体験した人の言葉は、資料の数字とは違う。命の重さがある」
小百合はノートを抱きしめた。
*
その夜、小百合は栄子に話した。
「お母さん」
「うん」
「私……誰かを助けたい」
栄子は黙って聞いた。
「助けられんかった人が、いっぱいおる。お父さんも、お母さんも、兄ちゃんも、美波も」
小百合の声が少し震えた。
「でも、これからの誰かは、助けられるかもしれん」
栄子の目が潤んだ。
「うん」
「逃げてって言える人になりたい。避難所で困っている人に、何が必要か考えられる人になりたい」
小百合は少し間を置いた。
「タイガースの仕事もしたい。外国から来る人を助ける仕事もしたい。でも、防災のことも、ずっと学びたい」
栄子は、小百合の手を握った。
「小百合ならできる」
「ほんま?」
「ほんま」
栄子はやさしく笑った。
「苦しんだことを、誰かを守る力に変えようとしゆう。それは、すごいことやき」
*
小百合はノートを開いた。
新しいページに、ゆっくり書いた。
私は、誰かを助けたい。
逃げる勇気を伝えたい。
助かった命を、そのあとも守りたい。
美波のことを、忘れない。
鉛筆の線は、もう以前ほど震えていなかった。
悲しみは消えない。
けれど、悲しみの中から生まれた願いがあった。
誰かを助けたい。
それは、小百合が未来へ向かうための、新しい言葉だった。
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次回予告
第37話「二十歳の春」
時は流れ、小百合は二十歳になる。
高校を卒業し、大学へ進学した小百合。
英語、防災、スポーツビジネスを学びながら、タイガースの球団職員になる夢へ近づいていく。
そして二十歳の春、彼女は初めて自分の人生を振り返る。
次回、
第37話「二十歳の春」




