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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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防災を学ぶ理由

第34話


防災を学ぶ理由


 高校に入ってから、小百合は防災を学び始めた。


 ただの授業ではなかった。


 避難経路。

 津波到達予測。

 地盤の弱さ。

 情報伝達。

 避難所運営。

 災害関連死。


 その一つひとつが、小百合にとっては「あの日」とつながっていた。


 南海トラフ巨大地震。


 死者、254,520人。

 重軽傷者、1,545,560人。

 今も行方がわからない人、25,460人。


 日本の歴史上、最大級の災害だった。


 けれど小百合にとって、それは数字ではなかった。


 父だった。

 母だった。

 兄だった。

 美波だった。


 そして、避難所で亡くなっていった人たちだった。


     *


 防災の授業で、教師が言った。


「災害で命を守るには、まず逃げること。そして、逃げた後に命をつなぐ仕組みが必要です」


 小百合はノートに書いた。


逃げた後にも、人は死ぬ。


 その言葉を書いた瞬間、美波の顔が浮かんだ。


 助かったはずだった親友。

 避難所で命を落とした親友。


 小百合は鉛筆を握りしめた。


     *


 放課後、栄子が小百合を迎えに来た。


「疲れた?」


「うん。ちょっと」


「防災の授業?」


 小百合はうなずいた。


「つらかった?」


「つらい」


 少し間を置いて、小百合は続けた。


「でも、知らんままではいたくない」


 栄子は静かに聞いた。


「私は助かった。でも、助かった後に美波は死んだ。避難所で亡くなった人もいっぱいおった。逃げるだけじゃ足りんがやって、知ってしまった」


「うん」


「だから、学びたい。どうしたら助かった命を守れるのか」


 栄子は、小百合の横顔を見た。


 あの日、声を失った少女が、今は自分の言葉で未来を語っている。


「小百合なら、きっと学べる」


 小百合は小さく笑った。


「まだ怖いけどね」


「怖いままでえい」


 栄子は言った。


「怖さを知っちゅう人の方が、守れるものもあるき」


     *


 その夜、小百合はノートを開いた。


 タイガースへの夢を書いたページの次に、防災について書き始めた。


私は、忘れないために学ぶ。


逃げること。


生き延びること。


助かった命を、そのあとも守ること。


 最後に、ゆっくり書いた。


美波みたいな子を、もう出したくない。


 小百合は鉛筆を置いた。


 悲しみは消えない。


 でも、その悲しみは少しずつ、誰かを守るための力に変わり始めていた。



次回予告


第35話「語れない記憶」


 防災を学び始めた小百合。


 けれど、あの日のことを人前で語るのは、まだ難しかった。


 震える声。

 止まる言葉。

 戻ってくる記憶。


 それでも、誰かに伝えなければならない。


 次回、

 第35話「語れない記憶」

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