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海の声が聞こえなくても・土讃線が止まった秋  作者: リンダ


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避難所の白い毛布

第21話


避難所の白い毛布


 避難所の夜は、相変わらず冷たかった。


 白い毛布。

 冷たい床。

 低く響く人々の寝息。

 ときどき聞こえるすすり泣き。


 小百合は祖母・正恵の膝に寄りかかっていた。


 祖父・芳雄は少し離れた場所で、避難所の人たちに野菜を分ける手伝いをしていた。


 白田栄子先生は、小百合のそばに座っていた。


 祖父母と再会し、小百合はようやく泣けた。


 けれど、泣いたからといって悲しみが終わるわけではなかった。


 父はいない。

 母はいない。

 兄はいない。

 美波もいない。


 その事実は、毛布を何枚重ねても消えなかった。


     *


 翌日、白田先生は小百合に静かに聞いた。


「小百合ちゃん」


 小百合は先生を見る。


「これからのこと、少しだけ話してもいい?」


 小百合は小さくうなずいた。


 白田先生は、言葉を選びながら続けた。


「おじいちゃんとおばあちゃんは、小百合ちゃんを引き取りたいって言ってくれてる」


 小百合は祖父母を見た。


 正恵は涙ぐみながら笑った。


「小百合、うちらのところへ来てもえいがよ」


 芳雄も深くうなずいた。


「家は壊れたけんど、畑は残っちゅう。なんとかするき」


 小百合は黙っていた。


 白田先生が続ける。


「先生もね、小百合ちゃんを一人にしたくない」


 小百合の目が揺れた。


「先生の家も壊れたけど、場所は田中家から少し離れたところにある。これからどうなるか、まだ全部は決まってない。でも……」


 先生は息を吸った。


「小百合ちゃんが望むなら、先生と一緒に暮らすこともできるように、話を進めたいと思ってる」


 小百合は、白田先生を見つめた。


 長い沈黙があった。


 それから、小百合はかすれた声で言った。


「……先生と……いたい」


 正恵が唇を押さえた。


 芳雄は静かに目を閉じた。


 白田先生の目に涙が浮かぶ。


「うん」


 小百合は続けた。


「ここを……離れたくない」


 声は小さかった。


 でも、はっきりしていた。


「お父さんと、お母さんと、兄ちゃんがいたところやき……。うちが生まれて、走って、笑って……全部ここにあるき……」


 正恵は小百合の手を握った。


「そうか」


 芳雄が低い声で言った。


「小百合がそう思うなら、それを大事にしよう」


 正恵も涙をこぼしながらうなずいた。


「会いに来るきね。何度でも来るき」


 小百合は小さくうなずいた。


     *


 その夜。


 白田先生は、小百合を白い毛布で包んだ。


「寒くない?」


 小百合は首を横に振った。


 先生は小百合の隣に座り、そっと肩を抱いた。


「小百合ちゃん」


「……うん」


「私は、あなたの本当のお母さんじゃない」


 小百合の体が少し強張った。


 白田先生は、すぐにやさしく続けた。


「でも、お母さんの代わりになることはできる」


 小百合は先生を見上げた。


 先生の顔には、深い悲しみがあった。


 けれど、それ以上に強い覚悟があった。


「小百合ちゃんが泣きたい時は、そばにいる。声が出ない時も、そばにいる。ご飯が食べられない時も、眠れない夜も、津波の夢を見た時も」


 先生は小百合の手を包んだ。


「一緒に暮らしていこうね」


 小百合の目から、また涙がこぼれた。


 今度は声を上げなかった。


 ただ、先生の胸に額を押しつけた。


「……先生」


「うん」


「置いていかんとって」


 白田先生は、小百合を強く抱きしめた。


「置いていかない」


 先生の声も震えていた。


「絶対に、置いていかない」


     *


 白い毛布の中で、小百合は先生の服を握って眠った。


 完全に安心したわけではない。


 悲しみが消えたわけでもない。


 けれど、その夜、小百合にはひとつだけ確かなものがあった。


 誰かが、そばにいてくれる。


 失った家族の代わりにはならない。


 でも、新しく手をつないでくれる人がいる。


 避難所の白い毛布は、まだ冷たかった。


 それでも小百合は、その中でほんの少しだけ、呼吸の仕方を思い出していた。



次回予告


第22話「叔母の家へ」


 白田先生と暮らすことを望んだ小百合。


 しかし、生活を立て直すには時間が必要だった。


 仮住まい。

 手続き。

 親族との話し合い。

 心のケア。


 その間、小百合は一時的に親族の家へ身を寄せることになる。


 家族ではない家。

 慣れない布団。

 知らない匂い。


 小百合は、また少しだけ言葉を失う。


 次回、

 第22話「叔母の家へ」


 生きていく場所を探す日々が始まる。

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