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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン1「提案」 観測者との対話

 深夜。


 レオノーラは、再び“あの場所”へ立っていた。


 巨大劇場。


 果ての見えない観客席。


 暗闇の中に、無数の視線だけが浮かんでいる。


 見えない。


 だが、確実に存在している。


 期待。


 熱狂。


 好奇心。


 値踏み。


 その全てが、肌へまとわりつくみたいに重かった。


 舞台中央。


 スポットライト。


 逃げ場はない。


 まるで最初から、ここへ立つために生まれてきたみたいだった。


 そして。


 初めて。


 “向こう側”が、会話した。


『君を主人公にしてやろう』


 声。


 男とも女とも違う。


 老人にも子供にも聞こえる。


 無数の声が重なっているのに、意思だけは完全に統一されていた。


 レオノーラは静かに目を細める。


「……どういう意味ですの?」


 沈黙。


 次の瞬間。


 劇場全体が発光した。


     ◆


 空間へ、文字が浮かび上がる。


【主人公権】


 ぞわり、と空気が震えた。


 レオノーラは黙ってそれを見上げる。


『世界の中心となる資格』


『物語加護』


『絶対的人気』


『生存補正』


『奇跡発動』


『感情共鳴』


『世界補助』


『運命優遇』


 一つ表示されるたび。


 舞台が脈動する。


 まるで世界そのものが、その権能を誇っているみたいだった。


『君は死なない』


『君は愛される』


『君は忘れられない』


『世界は君を中心に回る』


 レオノーラの周囲へ、光が集まる。


 花弁。


 歓声。


 音楽。


 完全な主人公演出。


 甘い。


 あまりにも。


 人間の承認欲求を、直接撫で回してくる。


『君は既に人気がある』


『感情を動かせる』


『皆が君を見ている』


『君なら、最高の終幕を作れる』


 その声に、嘘はなかった。


 観測者たちは、本気で彼女を評価している。


 悪役令嬢。


 反逆者。


 物語へ歯向かう女。


 だからこそ、面白い。


 だからこそ、見たい。


 彼らは心からそう思っている。


 そこに悪意だけはない。


 純粋な期待。


 純粋な熱狂。


 だからこそ恐ろしい。


 レオノーラは、静かに理解してしまう。


 主人公とは。


 “愛される存在”だ。


 だが同時に。


 “消費される存在”でもある。


 期待され。


 評価され。


 感情を求められ。


 盛り上がりを要求され。


 最後まで、“見世物”であり続ける存在。


 歓声は、鎖だ。


 人気は、檻だ。


 レオノーラはゆっくり客席を見渡した。


 暗闇の向こう。


 無数の視線。


 彼らは待っている。


 彼女が頷くのを。


 “主役”になる瞬間を。


『選ばれろ』


『輝け』


『君は特別だ』


 空気が熱を帯びる。


 劇場全体が、期待で脈打っていた。


 だが。


 レオノーラの瞳だけは、冷えていた。


「……なるほど」


 静かな声。


「主人公とは、随分と不自由な生き物ですのね」

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