ラストシーン 「見てもらえた」
王都中央広場。
レオノーラの演説が終わった後も。
誰も、すぐには動けなかった。
空は止まったまま。
巨大魔法陣は、不気味に脈動を続けている。
だが。
広場の空気だけが、少し変わっていた。
今まで、この世界は。
“主役”ばかりを照らしていた。
英雄。
恋人。
悲劇の中心人物。
観客を泣かせる人間。
けれど。
今。
初めて。
誰にも見られなかった人間へ、言葉が向けられた。
広場の端。
小さな露店があった。
果物を売っていたはずの店。
だが最近は、客も来ない。
誰も、その青年を覚えていない。
名前も。
顔も。
存在感さえ薄れていた。
通行人は、彼を避けるように歩く。
視線が滑る。
認識できない。
まるで。
背景画。
舞台装置。
“いてもいなくても同じもの”。
青年自身も、もう理解していた。
自分は消えるのだと。
世界から。
誰の記憶にも残らず。
だが。
レオノーラの言葉が響いた瞬間。
何かが変わった。
青年の輪郭が、微かに戻る。
ぼやけていた存在感が。
ゆっくりと、世界へ定着し始める。
彼は、自分の手を見る。
震えている。
ちゃんと、そこにある。
指先。
爪。
皮膚。
自分が“いる”。
その実感。
そして。
ぽろり、と。
涙が落ちた。
「……初めて」
掠れた声。
青年は、信じられないみたいに呟く。
「見てもらえた」
その言葉は小さい。
だが。
広場の静寂の中では、はっきり響いた。
レオノーラが、彼を見る。
真っ直ぐに。
“背景”ではなく。
一人の人間として。
彼女は静かに頷いた。
ただ、それだけ。
特別な賞賛もない。
英雄扱いもしない。
けれど。
それだけで十分だった。
青年の輪郭が、さらに鮮明になる。
存在が。
世界へ踏み留まる。
その瞬間。
空。
巨大魔法陣が、不快そうに脈動した。
びきり、と。
空間が軋む。
まるで。
“背景”へ価値を与えたことを、世界そのものが嫌悪しているみたいに。
観測者たちは。
“主役”しか見ない。
盛り上がる人間しか必要としない。
だが。
レオノーラは違った。
誰にも見られない人生。
拍手されない存在。
物語にならない幸福。
それでも。
人間には価値がある。
その思想そのものが。
この世界にとって、最大の異物になり始めていた。




