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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン4 「脇役の肯定」

王都中央広場。


かつては、恋愛劇の舞台だった場所。


告白。


奇跡。


悲恋。


運命的再会。


数え切れない“イベント”が、この場所で演出されてきた。


だが今。


広場を満たしているのは、歓声ではない。


不安だった。


人々は怯えている。


昨日までいた隣人を思い出せない。


家族の顔が、一人分だけ曖昧。


空席だけが残る食卓。


誰かがいたはずの記憶。


なのに。


名前が出てこない。


世界から、“脇役”が削除され始めていた。


空には巨大魔法陣。


不気味に脈動する“目”。


世界そのものが。


「主役以外は不要だ」


そう宣告しているみたいだった。


その中心へ。


レオノーラ・ヴァレンシュタインが立つ。


風が吹かない。


止まった空。


固定された夕焼け。


まるで舞台背景みたいな世界の中で。


彼女だけが、人間らしい怒りを宿していた。


セシルが、小さく呟く。


「……今度は主人公のためじゃないな」


ベアトリクスも、静かに頷く。


レオノーラが守ろうとしているのは。


選ばれた者ではない。


“脇役”だった。


レオノーラは、広場を見渡す。


怯えた民衆。


消えかけた人々。


誰にも覚えられていない顔。


その全てへ向けて、静かに口を開く。


「誰かの記憶へ残らなくても」


広場が静まり返る。


空の巨大魔法陣が、不穏に脈動した。


まるで。


その言葉を嫌がるみたいに。


だが、レオノーラは止まらない。


「誰かの主役になれなくても」


民衆が息を呑む。


彼女は、ゆっくり空を睨み返した。


巨大な“目”。


観測者。


世界。


物語。


その全てへ、真正面から反抗するように。


そして。


断言する。


「人間は、生きていいのですわ」


沈黙。


拍手はない。


歓声もない。


それでも。


その言葉だけが、広場へ重く響いた。


レオノーラは続ける。


「拍手されなくても」


「物語にならなくても」


「誰にも見られなくても」


一歩、前へ出る。


「生きる価値は、失われません」


その瞬間。


広場の空気が揺れた。


世界が、戸惑ったみたいに。


今までの運命律は。


“感動”を生む人生だけを価値あるものとしてきた。


主人公。


英雄。


悲劇の恋人。


観客を泣かせる者。


心を震わせる者。


そういう人間だけを、特別扱いしてきた。


だが、レオノーラは違う。


誰にも見られない幸福。


誰にも記録されない人生。


歴史へ残らない日々。


それでも。


人間は存在していいと断言する。


それは。


この世界の根本思想そのものへの反逆だった。


広場の片隅。


消えかけていた女がいた。


名前も。


顔も。


周囲の誰も思い出せない。


輪郭が薄い。


存在感も希薄。


もうすぐ“背景処理”される人間。


だが。


彼女は、涙を流していた。


ぽろり、と。


静かに。


「……ぁ……」


掠れた声。


女は、震える唇で呟く。


「わたし……」


涙が落ちる。


「生きてて、よかったんだ……」


その瞬間。


彼女の輪郭が、わずかに戻る。


存在が。


世界へ、踏み留まる。


巨大魔法陣が、不快そうに脈動した。


まるで。


“脇役”が救われる展開を、嫌悪しているみたいに。

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