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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン1 「名前」

地下観測室は、もはや研究施設ではなかった。


戦場だった。


床一面へ展開された術式陣。


空間へ浮かぶ数千の数式。


観測光が、青白く地下空間を照らしている。


その中心で。


ベアトリクス・ギアハートは、ほとんど倒れかけながら術式盤へ指を走らせていた。


目の下の隈は深い。


髪は乱れ。


唇も乾いている。


それでも、彼女は止まらない。


止まれば。


世界の方が先に、人間を切り捨てる。


「第七観測層、開放」


「因果接続ライン再解析」


「感情流量マップ、重ねて」


高速詠唱。


無数の光線が空間へ走る。


巨大な世界構造図が、観測室中央へ投影された。


都市。


人間。


感情。


運命律。


全てが、巨大な網みたいに接続されている。


そして。


その最深部。


今までノイズで隠されていた領域が、ついに露出した。


ベアトリクスの手が止まる。


顔から、血の気が引いた。


「……階層化されてます」


静かな声。


だが。


その場の全員が、即座に異常を理解した。


セシル・アークライトが眉を寄せる。


「何がだ?」


ベアトリクスは、震える指で構造図を拡大する。


そこには。


信じがたい分類が表示されていた。


【主人公】


【攻略対象】


【人気キャラ】


【脇役】


【背景】


沈黙。


誰も、すぐには言葉を出せなかった。


完全だった。


あまりにも、露骨だった。


人間が。


“キャラクター”として管理されている。


ベアトリクスが、乾いた声で続ける。


「観測反応値が低い存在ほど……存在維持優先度が下がっています」


「つまり」


喉が詰まる。


それでも、彼女は言った。


「“盛り上がり”へ貢献しない人間から、世界が削除してます」


観測室の空気が凍りつく。


アルベルトが、信じられない顔で後ずさる。


「そんな……」


「人間を、選別しているのか……?」


「いや」


セシルが、低く笑った。


乾いた。


感情の抜けた笑い。


「もっと悪い」


彼は術式盤を見上げる。


【背景】


その文字を。


まるで汚物を見るみたいな目で睨みながら。


「クソみたいな世界設計だな」


誰も反応できない。


セシルは続ける。


「視聴率の低いキャラから、打ち切りってわけか」


沈黙。


誰も、笑えなかった。


ミレイユは青ざめたまま、自分の肩を抱いている。


自分が“主人公側”に分類されていることを、理解してしまったから。


だから残る。


だから優先される。


その代わり。


誰かが消える。


その構造が、あまりにも醜悪だった。


その時だった。


――ドン!!


激しい音が、観測室へ響いた。


全員が振り向く。


レオノーラ・ヴァレンシュタインが、机を叩いていた。


強く。


感情を隠しきれないまま。


彼女の瞳は、怒りで震えている。


「人間へ、序列を付けるな!!」


観測室が静まり返る。


レオノーラは、呼吸を荒くしながら術式盤を睨みつける。


【背景】


その文字を。


憎悪するみたいに。


「誰かの人生を……」


声が震える。


だが。


彼女は止まらなかった。


「“背景”などと呼ぶ権利が、どこにありますの……!!」


怒りだった。


今までで、一番純粋な。


悪役令嬢としての皮肉でもない。


知性でもない。


ただ。


人間を、人間として扱わない世界への怒り。


その瞬間。


地下観測室全体が、微かに振動した。


どくん。


空。


巨大魔法陣が脈動する。


まるで。


反論するみたいに。


『主役のいない物語に、価値はあるのか』


そう。


世界そのものが、問い返しているようだった。

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