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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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第21話 『脇役消失』Opening 「消える人々」

夜の王都は、静かだった。


静かすぎた。


第二十話の終わりに空へ浮かんだ、


『盛り上がりが足りない』


あの巨大文字以来、人々は夜を恐れるようになっていた。


空を見ない。


窓を閉める。


家族同士ですら、必要以上に会話をしない。


誰かへ感情を向ければ、世界がそれを“演出”へ変えてしまう。


そんな恐怖が、都市全体へ染み込んでいた。


だが。


今回の異常は、もっと根源的だった。


空でもない。


季節でもない。


人間そのものだった。


最初は、些細な違和感。


朝の市場。


パン屋の前で、女が首を傾げる。


「……あれ?」


店内。


丸椅子が一つ多い。


食器も、一組。


だが。


誰の席だったのか思い出せない。


店主も、常連客も、全員が曖昧な顔をする。


「従業員……いたっけ?」


「いや、最初から夫婦二人で回してただろ」


「でも……」


違和感だけが残る。


答えは出ない。


まるで。


記憶の一部分だけ、綺麗に切り取られているみたいに。


そして。


昼過ぎ。


ついに、消失事件が表面化した。


「娘がいないんです!」


広場で、女が泣き叫ぶ。


だが。


周囲の人間は困惑する。


「娘?」


「あなた独り身でしょう?」


「何を言ってるんです?」


女だけが、理解できない。


家へ戻る。


子供部屋がない。


写真がない。


服がない。


存在記録そのものが、消えている。


住民台帳。


契約書。


出生記録。


全部。


最初から存在しなかったみたいに、消滅していた。


完全に。


“背景処理”。


王都全域で、同様の事例が発生し始める。


昨日までいたはずの隣人。


毎日挨拶していた店員。


広場の花売り。


誰も、思い出せない。


だが。


空席だけが残る。


使われていたはずのカップだけが残る。


違和感だけが、世界へ沈殿していく。


夕方。


レオノーラたちは、人気の消えた中央広場へ到着した。


風が吹かない。


空は、相変わらず不自然な夕焼け色。


広場の一角。


小さな花籠が置かれていた。


色とりどりの花。


いつも、そこで少女が売っていたものだ。


だが。


名前が思い出せない。


顔も。


声も。


誰一人、覚えていない。


ベアトリクス・ギアハートが、震える指で術式盤を操作する。


無数の光式が空間へ展開。


解析。


照合。


検索。


沈黙。


そして。


彼女は、顔色を失った。


「……消された人間、増えてます……」


声が、かすれる。


セシル・アークライトが、静かに空を見上げた。


巨大魔法陣。


その脈動が、今夜は妙に穏やかだった。


まるで。


不要なものを片付けて満足しているみたいに。


「観客側……」


彼は低く呟く。


「“必要ないキャラ”を整理し始めたな」


空気が凍る。


アルベルトが、険しい顔で言う。


「そんな……人間を、選別しているのか」


「選別ですらない」


セシルは乾いた声で返した。


「編集だよ」


誰も、言葉を返せなかった。


レオノーラは、花籠を見下ろす。


小さな白い花。


あの少女が、いつも笑顔で売っていた。


――気がする。


だが、その程度しか残っていない。


存在が、世界から削られている。


“主役ではない”という理由だけで。


レオノーラは、ゆっくり拳を握った。


爪が掌へ食い込む。


怒りだった。


冷たい、静かな怒り。


「……人間を、背景扱いしておりますのね」


その瞬間。


空。


巨大魔法陣が、不気味に脈動する。


どくん。


どくん。


まるで。


肯定しているみたいに。


『主役以外は不要』


そう、世界そのものが囁いているようだった。

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