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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン2 「背景人物」

王都西区画。

昼。


本来なら、

市場の喧騒が響いている時間だった。


荷車。

客引き。

子供の笑い声。

焼き立てのパンの匂い。


――その全部が、

どこか薄い。


レオノーラ・ヴァレンシュタインは、

石畳の大通りを歩きながら、

眉を寄せていた。


「……静かすぎますわね」


隣を歩くセシル・アークライトも、

珍しく軽口を叩かない。


周囲を、

警戒するように見回している。


そして。


広場へ差しかかった瞬間。


レオノーラは、

足を止めた。


パン屋の店員。


若い女性だった。

エプロン姿。

笑顔。


だが。


動かない。


「……え?」


クラリスが、

息を呑む。


店員は、

パンを差し出す姿勢のまま停止していた。


まるで。

時間だけ切り取られたみたいに。


瞬きだけを繰り返している。


ぱち。

ぱち。


それ以外、

何も動かない。


「すみません」


レオノーラが声をかける。


反応なし。


「聞こえておりますの?」


無反応。


笑顔だけが、

そこに固定されている。


背筋が寒くなる。


周囲でも、

異常が起きていた。


花売りの少女。

広場の衛兵。

噴水前の老人。


全員。


止まっている。


まるで。


舞台背景。


あるいは。

人形。


「……おい」


セシルが、

顔色を変える。


彼は術式盤を展開し、

周囲魔力を走査した。


数秒。


沈黙。


そして。


「最悪だ」


低い声。


「“名前の薄い人間”から、

 処理落ちしてる」


ベアトリクスが、

即座に顔を上げる。


「……まさか」


セシルは、

乾いた笑みを浮かべた。


「世界、

 主要キャラ以外を切り始めた」


空気が凍る。


クラリス。

アルベルト。

誰も言葉を失う。


レオノーラだけが、

停止した少女を見つめていた。


花売りの少女。


小さな籠を抱えたまま、

微笑んでいる。


だが。


その目には、

もう意思がない。


背景として配置された、

“通行人”。


それだけ。


レオノーラの胸の奥で、

何かが音を立てた。


怒りだった。


静かで。

冷たい。


だが。


今までで一番深い怒り。


「……ふざけないでくださいまし」


誰も喋らない。


レオノーラは、

少女の前へ膝をつく。


ゆっくり。

固まった小さな手へ触れる。


冷たくない。


生きている。


なのに。


“役割が消えた”。


それだけで、

世界は彼女を停止させた。


レオノーラの声が、

震える。


「この子には、

 この子の人生がありましたわ……」


誰かの娘で。

誰かの友人で。

今日食べたいものがあって。

明日の予定があって。


それなのに。


世界は。


“重要ではない”

と判断した。


セシルが、

苦々しく呟く。


「物語に必要ない背景は、

 処理軽量化されたってことか」


完全にゲームだった。


ホラーですらない。


もっと悪質。


人間を。


“容量”として扱っている。


レオノーラは、

ゆっくり立ち上がる。


そして。


空を見上げた。


巨大魔法陣。


脈動。


光輪。


空を覆う、

観測劇場。


その向こう側で。


“観客”たちが、

まだ続きを求めている。


レオノーラは、

怒りを隠さず言った。


「この世界、

 人間を人数としてしか見ておりませんの……?」


風が吹かない。


空は綺麗だった。


だからこそ、

余計に気持ち悪かった。

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