シーン3 「物語維持派」
王国議会は、かつてない怒号に包まれていた。
円形議場。
古い大理石の階段席。
天井には、王国建国以来変わらぬ巨大シャンデリア。
だが今。
その光すら、どこか芝居じみて見える。
誰もが、空を知ってしまったからだ。
巨大魔法陣。
観測者。
運命律。
そして。
世界そのものが、“物語”を優先し始めているという事実を。
議場中央。
議長席へ向かって、一人の老司教が杖を打ち鳴らした。
「だからこそ必要なのです!」
怒鳴り声が響く。
聖劇教会。
王国最大宗派。
その法衣は金糸で彩られ、まるで舞台衣装みたいだった。
「人は意味なしでは生きられない!」
「空を見なさい!」
「人々は恐怖している! 不安に怯えている!」
「ならば必要なのです!」
「“物語”が!!」
賛同の拍手。
議場の一角。
芸術界代表たち。
劇場関係者。
舞踏貴族。
そして、ルフレ派議員たちが頷く。
「悲しみには意味がある」
「感動は人を救う」
「世界が物語を求めているのなら、それは人類の本能だ」
「自由だけでは、人は空虚になる」
言葉が、熱を帯びていく。
恐ろしいのは。
その主張に、一定の説得力があることだった。
実際。
混乱した民衆の中には、“物語”へ救いを求め始めた者たちが存在していた。
愛する者を失った人間。
虚無へ耐えられなかった人間。
自分の人生へ、“意味”が欲しかった人間。
彼らは言う。
「物語なら、苦しみに価値がある」
「誰かの心を動かせるなら、人生は無意味じゃない」
「観客がいたっていい」
「覚えてもらえるなら」
それは、決して単純な狂気ではなかった。
むしろ。
人間らしい弱さだった。
だから厄介だった。
議場反対側。
レオノーラ陣営。
現実主義官僚。
研究者。
被害者代表。
そして、“背景化”現象を目撃した市民たち。
彼らの表情は疲弊していた。
一人の女性が、震える声で叫ぶ。
「娘が消えかけてるんです!」
議場が静まる。
「名前を呼んでも反応しない!」
「昨日まで笑ってたのに!」
「ただ、街角で立ってるだけなんです!」
涙声。
「それでも、“美しい物語”だって言うんですか……!?」
沈黙。
別の男が立ち上がる。
腕には包帯。
港湾都市から来た漁師だった。
「夕焼けが終わらねぇ」
「海が狂った」
「船が出せねぇ」
「仲間は飢えてる」
拳を震わせる。
「綺麗な空のために、俺たち死ねってのかよ!」
議場空気が、一気に険悪化する。
保守貴族が立ち上がる。
「だが現に、人々は感動している!」
「世界は今、新たな進化段階へ――」
「進化ではありませんわ」
その声だけで。
議場が止まった。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン。
静かに立ち上がる。
黒いドレス。
長い金髪。
そして。
疲弊しきった瞳。
だが、その視線だけは折れていなかった。
「人間を、舞台装置へ変えているだけです」
保守派議員が睨む。
「では聞こう!」
「意味なき人生に、何の価値がある!?」
「誰にも記憶されず!」
「誰の心も動かさず!」
「ただ消えていく人生に、耐えられるのか!?」
怒号。
拍手。
賛同。
議場は熱狂し始める。
まるで。
舞台劇の討論シーンみたいに。
その瞬間。
レオノーラは、本気で嫌悪した。
――まただ。
――世界が、“盛り上がる構図”を作っている。
巨大魔法陣が、空で脈動する。
議場天井へ、淡い光が走る。
感情増幅。
群衆誘導。
討論演出。
全部。
運命律。
レオノーラは、ゆっくり息を吐いた。
そして。
静かに言う。
「意味は」
一拍。
「与えられるものではありませんわ」
空気が止まる。
「誰かに見てもらうための人生など」
「誰かを感動させるためだけの苦痛など」
「そんなものへ、人間を閉じ込めるなと言っておりますの」
怒鳴り返そうとした議員が、言葉を失う。
レオノーラの声は大きくなかった。
だが。
異様な重さがあった。
「人は」
「主役でなくても、生きていていい」
沈黙。
「誰にも記憶されなくても」
「誰の涙を誘えなくても」
「舞台の中央へ立てなくても」
「生きていていいんですの」
その瞬間。
議場後方。
停止しかけていた給仕の少年が、小さく瞬きをした。
ほんの少しだけ。
存在感が戻る。
セシルが、それを見逃さなかった。
「……おい」
掠れ声。
ベアトリクスも気づく。
術式盤が反応している。
運命律が、乱れている。
“脇役肯定”。
その思想が。
世界法則へ、干渉していた。
だが次の瞬間。
議場外から爆音。
窓ガラスが震える。
空。
巨大魔法陣。
その中心で、“目”がゆっくり開き直していた。
まるで。
議論そのものを、
観客が楽しんでいるみたいに。




