シーン1 「固定化された季節」
異変は、王都だけでは終わらなかった。
数日後。
観測院へ、世界各地から緊急報告が雪崩れ込む。
最初は気候異常だと思われた。
だが。
報告内容は、あまりにも“出来すぎて”いた。
地下観測室。
巨大術式盤の上へ、世界地図が投影される。
学園都市。
港湾都市。
辺境都市。
それぞれの上空で、異常な魔力固定化反応。
ベアトリクス・ギアハートが、疲れ切った目で呟く。
「……始まりましたね」
「何がですの」
レオノーラの問いへ。
ベアトリクスは、ほとんど感情のない声で答えた。
「“ジャンル演出”の固定化です」
沈黙。
セシル・アークライトが眉をひそめる。
「都市ごとに、物語テンプレへ最適化されてるのか」
「ええ」
ベアトリクスは術式盤を切り替える。
最初に映ったのは。
学園都市。
◆
桜が散っていた。
永遠に。
春風。
淡い桃色。
並木道を埋め尽くす花弁。
空は澄み切り、陽光は柔らかい。
誰が見ても、美しい。
まるで。
青春恋愛劇の、一場面。
生徒たちは最初、歓声を上げた。
「すごい……!」
「綺麗……!」
「映画みたい……!」
花弁は止まらなかった。
一日経っても。
二日経っても。
散り続ける。
終わらない春。
だが。
三日目から、異変が始まる。
農作物が育たない。
季節循環停止。
花粉濃度異常。
河川へ花弁が堆積し、水流が詰まる。
排水機能停止。
家畜の呼吸障害。
そして。
学生たちは、徐々に笑わなくなった。
朝も。
昼も。
夕方も。
ずっと同じ“青春空間”。
感情が、休めない。
桜が綺麗すぎる。
だからこそ。
人間の方が壊れていく。
「……もう、見飽きた」
誰かが、そう呟く。
だが。
花弁だけは。
嬉しそうに舞い続けていた。
◆
次に映し出されたのは。
港湾都市。
空が、橙色だった。
永遠の夕焼け。
水平線を染める黄金。
海面反射は幻想的で。
停泊する船影さえ、美しく演出されている。
あまりにも。
“別れの港”だった。
船乗りたちは最初、神秘視した。
「神の祝福だ」
「海が美しい……!」
恋人たちは桟橋で抱き合い。
楽師は酒場で歌を奏でた。
だが。
夜が来ない。
潮流が狂う。
魚群が消える。
漁船が戻らない。
星による航海術が死ぬ。
物流停止。
港湾機能崩壊。
それでも。
空だけは完璧だった。
誰かが泣きながら言う。
「どうしてこんなに綺麗なんだよ……」
美しさが。
人間を殺していく。
◆
最後に映ったのは。
辺境都市。
白銀世界。
雪。
雪。
雪。
永遠の冬。
幻想的だった。
凍った湖面。
白い街並み。
降り続ける静かな雪。
完全に。
悲劇物語の舞台。
だが。
食料輸送停止。
凍死者増加。
暖房燃料枯渇。
飢餓発生。
それでも。
景色だけは、完璧だった。
美しい。
あまりにも。
絶望的なほど。
◆
地下観測室。
誰も喋れない。
術式盤だけが、淡く発光している。
レオノーラは、静かに世界地図を見つめていた。
学園都市。
港湾都市。
辺境都市。
全部。
“物語背景”として完成されている。
その代わり。
人間の生活が壊れていく。
現実が、演出へ敗北している。
レオノーラの指先が、わずかに震える。
怒りだった。
「空が綺麗なら、」
低い声。
「人間はどうでも良いと?」
誰も答えない。
答えられない。
なぜなら。
世界そのものが、既にそう判断しているから。
“美しい破綻”こそ価値がある。
完全に。
観客側の価値観だった。




