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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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シーン1 「演出暴走」

 世界が、壊れ始めていた。


 いや。


 正確には。


 “物語として完成しようとしていた”。


 王都全域。


 いや、もはや王都だけではない。


 学園都市。

 港湾区画。

 貴族街。

 辺境通路。


 世界中で、“イベント”が同時多発していた。


 突然の再会。


 劇的告白。


 涙の和解。


 悲恋事故。


 自己犠牲。


 記憶喪失。


 雨。


 夕焼け。


 花弁。


 光。


 音楽みたいな風。


 全部。


 全部が、あまりにも“出来すぎていた”。


 中央街区。


 数年前に破局した恋人同士が、人混みの中で偶然再会する。


 しかも。


 突然降り始めた雨。


 濡れた髪。


 震える声。


 完璧すぎるタイミング。


「……なんで、お前がここに……」


「わ、私だって知らないわよ……!」


 その瞬間。


 街路樹から花弁が舞った。


 周囲の人々が、自然と足を止める。


 誰かが息を呑む。


 誰かが涙ぐむ。


 完全に、“見せ場”だった。


 別の場所。


 学園都市。


 生徒たちが、授業中にもかかわらず突然窓際へ集まり始めていた。


 夕焼け。


 風。


 静かな音楽みたいな空気。


 一人の男子生徒が、呆然と呟く。


「……お前といると、時間が止まる気がする」


 言った本人が、一番驚いていた。


「は……?」


「い、今の何で俺こんなこと……」


 だが。


 周囲はざわめく。


 期待。


 興奮。


 続きを求める空気。


 そして。


 空間魔力が上昇する。


 完全に。


 脚本侵食だった。


 港湾地区では、出航直前の船が強風で停止。


 別れた恋人同士が、桟橋で涙ながらに抱き合っている。


 辺境都市では、長年憎み合っていた貴族同士が、なぜか突然和解し始めていた。


「……俺は、お前を誤解していた」


「いいえ、違うのです……!」


 周囲では、既に群衆が集まり始めている。


 泣いている者までいた。


 まるで。


 “感動すべき場面”だから。


 地下観測室。


 セシル・アークライトは、術式盤を睨みながら顔色を失っていた。


 世界中の観測波形が暴走している。


 因果固定。


 感情増幅。


 演出補正。


 その全てが、限界値を突破していた。


「……まずい」


 彼は低く呟く。


「運命律、もう制御段階じゃない」


 ベアトリクス・ギアハートが振り向く。


「何です?」


 セシルは数秒沈黙した。


 そして。


 吐き捨てるみたいに言う。


「“自演”に入った」


 観測室が静まり返る。


 レオノーラが目を細めた。


「……つまり?」


「役者が従わないなら」


 セシルは術式盤を指差す。


「世界そのものが、無理やり舞台を進め始めた」


 その瞬間。


 遠くで爆音。


 観測窓の向こう。


 王都大通りで、馬車事故が発生していた。


 悲鳴。


 倒れる人影。


 だが。


 次の瞬間。


 夕日が差し込む。


 光が、負傷者を照らす。


 偶然その場へ居合わせた青年が、涙を流しながら誰かを抱き起こした。


 周囲の群衆が、一斉に息を呑む。


 ……盛り上がっている。


 レオノーラの顔から、完全に温度が消えた。


「世界そのものが……」


 ゆっくり。


 怒りを噛み殺すように言う。


「人間の自由意思を、拒絶しておりますの……?」


 返事はない。


 だが。


 答えは、世界中に出ていた。


 泣いている人間の周囲だけ、光が差す。


 悲鳴の場所へ、自然と群衆が集まる。


 苦しむ者ほど、“舞台中央”へ押し出される。


 完全に。


 観客誘導だった。


 その時。


 観測室全体が揺れた。


 全員が空を見る。


 巨大魔法陣。


 脈動する光輪。


 その中心へ。


 新しい文字が浮かび始める。


 ゆっくり。


 巨大に。


 夜空全体を覆うように。


『終わらせない』


 沈黙。


 誰も、声を出せなかった。


 世界が。


 ついに。


 自分の意思を、明確に表明した。

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