第十九話 『世界の拒絶』Opening 「世界の反撃」
レオノーラ・ヴァレンシュタインによる“世界告発”は、確かに届いてしまった。
王都中央広場で暴かれた真実。
運命律。
観測劇場。
そして、世界の外側に存在する“観客”。
その瞬間から。
世界そのものが、明確な拒絶反応を示し始めた。
夜。
王都の空を覆う巨大魔法陣が、ゆっくりと脈動している。
どくん。
どくん。
まるで、生き物の鼓動みたいだった。
以前までのそれは、ただ空へ浮かぶ巨大術式に過ぎなかった。
だが今は違う。
空全体が、呼吸している。
光輪が収縮し、拡張するたび、街の空気が震えた。
建物の窓硝子が微かに鳴る。
誰も、空を見上げようとしない。
だが。
見なくても分かる。
“何か”が、こちらを見返している。
地下観測室。
巨大術式盤の前で、セシル・アークライトは顔色を失っていた。
無数の観測数式が暴走している。
感情波形。
因果干渉。
群衆共鳴率。
その全てが、異常値。
「……おかしい」
セシルは乾いた声で呟いた。
「観測領域側からの干渉量が、急増してる」
ベアトリクス・ギアハートが即座に術式を展開する。
追加観測。
再計算。
結果を見た瞬間、彼女の眉が歪んだ。
「拍手が消えてる」
観測室が静まり返る。
以前まで存在していた、あの拍手。
歓声。
“盛り上がり”の反応。
それが、完全に消失していた。
代わりに。
別のものが満ちている。
空気の奥。
見えない場所。
そこから、強烈な“期待”だけが流れ込んでくる。
続き。
次。
もっと。
そんな欲望だけが、世界を満たしていた。
レオノーラは静かに目を細めた。
「……観客が、静かになりましたわね」
「静かってレベルじゃないぞ」
セシルは術式盤から目を離さない。
「これは、“待ってる”」
「次の展開を」
その時だった。
地上から悲鳴が聞こえた。
全員が振り向く。
観測窓の向こう。
王都の大通りで、人々が突然立ち止まっている。
若い男女が、互いを見つめ合ったまま涙を流していた。
理由もなく。
周囲では、別の誰かが突然泣き崩れている。
誰かへ恋焦がれるように胸を押さえ、苦しそうに呼吸している者もいた。
「……感情誘導が始まってる」
ベアトリクスが低く言う。
「しかも、広域無差別」
最悪だった。
人々は、自分の感情を自分で制御できなくなり始めている。
恋愛。
憧憬。
喪失。
執着。
“続きを求める感情”だけが、強制的に増幅されていた。
広場では、一人の少女が震えながら呟いていた。
「……行かなきゃ」
「続きを、見なきゃ……」
意味もなく。
理由もなく。
ただ、“物語を追わなければならない”という焦燥感だけが、人々を侵食していく。
セシルは術式盤へ追加解析を叩き込んだ。
演算。
因果流解析。
感情誘導パターン。
その結果を見た瞬間。
彼の顔から、完全に血の気が引いた。
「……運命律、段階移行してる」
レオノーラが振り返る。
「何ですの?」
セシルは数秒沈黙した。
そして。
極めて静かに告げる。
「自己保存段階だ」
観測室が凍りついた。
「運命律そのものが、“物語を終わらせたくない”と判断してる」
誰も言葉を返せない。
それはつまり。
世界法則が、自我めいた挙動を始めたということだった。
レオノーラは、ゆっくり空を見上げる。
巨大魔法陣。
脈動する光輪。
空全体へ広がる、見えない視線。
理解してしまう。
ここから先は、もう違う。
単なる災害ではない。
陰謀でも。
暴走術式でも。
国家危機でもない。
これは。
世界法則そのものとの戦争だ。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは、静かに息を吐いた。
「……なら」
その紫の瞳が、巨大魔法陣を真っ直ぐ睨み返す。
「舞台ごと、壊して差し上げますわ」




