シーン2 「演出論」
劇場は静かだった。
数千の席。
赤い絨毯。
金装飾の欄干。
豪奢な空間。
なのに。
誰もいない。
◇
だが。
ルフレ・ノクス
だけは違った。
彼は、
空席を見渡している。
まるで。
本当に、
そこへ観客が座っているみたいに。
◇
舞台中央。
淡い照明。
ルフレは、
ゆっくり両手を広げた。
「幸福だけの物語は、
退屈です」
◇
穏やかな声。
演説ではない。
独白に近い。
だが。
異様に人を惹きつける。
◇
「悲劇があるから、
愛は輝く」
「喪失があるから、
再会は美しい」
「犠牲があるから、
感動は生まれる」
◇
静かな劇場。
その言葉だけが、
空間へ染み込んでいく。
◇
セシルが、
低く呟く。
「……運命律理論そのままだな」
◇
そう。
完全に一致していた。
苦悩。
涙。
絶望。
すれ違い。
犠牲。
それらが強いほど、
世界は増幅する。
感動的なほど、
現実改変は強くなる。
◇
つまり。
この男は。
世界法則そのものを、
思想として受け入れている。
◇
ルフレは、
静かに客席を見つめる。
「人間は、
感情のために生きている」
「ならば」
「最も強い感情を生み出せる人生こそ、
最も価値がある」
◇
レオノーラは、
冷たく睨んだ。
「そのために、
人を壊す気ですの?」
◇
ルフレは、
微笑んだまま。
「壊れることにも、
意味はあります」
◇
ベアトリクスが、
露骨に顔をしかめる。
「最低ですね」
◇
だが。
ルフレは本気だった。
皮肉でも。
冗談でもない。
本心。
◇
彼にとって。
人間の人生は、
“作品”。
だから。
苦しみも。
涙も。
死でさえ。
演出素材。
◇
レオノーラの声が、
鋭くなる。
「人命を、
脚本都合で消費する気ですの?」
◇
一瞬。
劇場が静まり返った。
ルフレは、
少しだけ目を細める。
そして。
静かに答えた。
◇
「人は、
意味のない苦痛には耐えられません」
一歩。
舞台前へ出る。
「ですが」
「物語になれるなら」
「人は、
苦しみに意味を与えられる」
◇
空気が凍る。
怖いのは。
その理屈が、
一部正しく聞こえてしまうことだった。
◇
王都崩壊。
奇跡。
涙。
犠牲。
あの日。
確かに人々は、
心を動かされた。
◇
「感動した」
「奇跡を見た」
「意味のある人生だった」
◇
そんな声を。
レオノーラたちは、
実際に聞いている。
◇
ルフレは、
それを知っている。
利用している。
そして。
本気で、
“救済”だと思っている。
◇
だから厄介だった。
狂人ではない。
思想家だ。
◇
ルフレは、
誰もいない客席へ向かって、
穏やかに微笑む。
「良い物語は、
人を救います」
「現実よりも、
ずっと」
◇
その瞬間。
劇場上空の巨大魔法陣が、
淡く発光した。
まるで。
世界そのものが、
彼の思想へ拍手しているみたいに。




