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悪役令嬢、予算書を叩きつける  作者: 南蛇井


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第十六話 『ルフレ・ノクス』Opening 「中央劇場の男」

王都。


 崩壊から数週間。


 街は、

 少しずつ呼吸を取り戻し始めていた。


 落ちた橋には仮設通路。


 停止していた魔導列車は、

 一部路線だけ再開。


 夜の送電網も、

 まだ不安定ながら復旧している。


 表面上は。


 復興だった。


     ◇


 だが。


 人々の空気は、

 どこかおかしい。


 市場。


 酒場。


 街角。


 皆、

 まだ語っている。


 “あの日”を。


     ◇


「見たか?

 空が割れた瞬間」


「いや、

 最後の奇跡がすごかった」


「ミレイユ様、

 本当に女神みたいだった……」


「泣いたよな……」


     ◇


 悲劇を見た。


 崩壊を見た。


 人が傷つくところも見た。


 なのに。


 それでもなお。


 人々は、

 “感動”を忘れられない。


     ◇


 王都中央区。


 王国中央劇場。


 かつて、

 王国最大の芸術施設。


 演劇。


 舞踏。


 祝祭。


 英雄譚。


 恋愛劇。


 この国の“感動”を、

 ずっと生み出してきた場所。


     ◇


 だが今は。


 そこが、

 奇妙な熱気を帯びていた。


 巡礼地みたいに。


 人々が、

 静かに集まる。


 誰も大声を出さない。


 ただ。


 見上げる。


 劇場上空を。


     ◇


 そこには。


 巨大魔法陣。


 夜空へ広がる、

 幾重もの光輪。


 まるで。


 劇場そのものが、

 空へ接続されているみたいだった。


     ◇


 その中央劇場へ。


 レオノーラ・ヴァレンシュタイン

 たちは呼び出されていた。


 同行者は、

 セシル・アークライト

 と、

 ベアトリクス・ギアハート

 。


「嫌な予感しかしませんね」


 ベアトリクスが、

 心底嫌そうに呟く。


「劇場に呼び出される時点で、

 絶対まともな相手じゃありません」


「珍しく同意見ですわ」


 レオノーラも、

 真顔だった。


     ◇


 劇場内部。


 薄暗い。


 客席は、

 無人。


 数千人を収容できる巨大空間に、

 人の気配がない。


 なのに。


 妙な圧迫感だけがある。


     ◇


 舞台中央。


 そこに。


 一人だけ立っていた。


     ◇


 黒い礼装。


 銀髪。


 整いすぎた顔立ち。


 穏やかな笑み。


 優雅な所作。


 そして。


 舞台の中央で、

 彼は静かに拍手していた。


 ぱち。


 ぱち。


 まるで。


 誰かの名演技を称賛するみたいに。


     ◇


 第一印象。


 美しい。


 洗練されている。


 知的。


 気品すらある。


 だが。


 レオノーラは、

 一瞬で理解した。


 この男。


 “人間を見ていない”。


     ◇


 男は、

 ゆっくりこちらを向く。


 微笑む。


 完璧な笑顔。


 だが。


 その目だけが、

 致命的に空虚だった。


     ◇


「いやあ」


 柔らかな声。


 舞台役者みたいに、

 よく通る。


「最近の王都公演は、

 実に盛り上がっていますね」


     ◇


 空気が、

 凍った。


 セシルの目が細くなる。


 ベアトリクスは、

 露骨に顔をしかめた。


 だが。


 男は気にしない。


 本当に、

 楽しそうだった。


     ◇


「崩壊、

 悲劇、

 奇跡、

 涙」


「素晴らしい流れでした」


「特に、

 拍手の反応が実に良かった」


     ◇


 拍手。


 その単語だけで。


 観測室の悪夢が、

 脳裏へ蘇る。


     ◇


 男は、

 軽く礼をする。


「申し遅れました」


 微笑み。


「ルフレ・ノクス

 です」


「王国芸術界全般を、

 管理しております」


     ◇


 演劇。


 舞踏。


 魔導演出。


 群衆感情制御。


 祝祭設計。


 舞台空間術式。


 王国文化そのものを、

 裏側で動かしている男。


     ◇


 そして。


 レオノーラは、

 確信した。


 この男。


 “向こう側”だ。


     ◇


 観客。


 演出家。


 物語維持派。


 少なくとも。


 人間の人生を、

 舞台として見ている。


     ◇


 ルフレは、

 穏やかに微笑み続ける。


 まるで。


 これから始まる悲劇を、

 心待ちにしているみたいに。

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