ラストシーン 「物語否定者」
深夜。
地下観測室。
誰も、
すぐには動けなかった。
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
の言葉が、
まだ空気へ残っている。
『涙が偽物だった人間など、
存在しません』
その言葉は。
まるで。
世界そのものへ、
刃を突き立てるみたいだった。
◇
そして。
異変が起きる。
観測盤。
突如、
警告光が走った。
びぃ、と、
耳障りな振動音。
術式盤全域へ、
赤い波紋が広がる。
セシルが、
即座に顔を上げる。
「……何だ?」
次の瞬間。
地下観測室そのものが、
低く震えた。
空間振動。
魔力圧上昇。
観測領域、
急激活性化。
術式官たちが、
一斉に悲鳴を上げる。
「共鳴率急上昇!」
「巨大魔法陣、
脈動加速しています!」
「観測層から逆流反応!」
最悪だった。
◇
王都上空。
巨大魔法陣。
幾重もの光輪が、
明滅している。
脈動。
収縮。
拡張。
まるで。
巨大な生物の心臓。
いや。
怒り。
そんな感情すら、
感じるほどだった。
空気が重い。
息苦しい。
世界そのものが、
不機嫌になったみたいに。
◇
ベアトリクス・ギアハート
の顔色が変わる。
術式盤へ、
高速で数式を走らせる。
再観測。
識別照合。
対象認識更新。
その途中で。
彼女の指が、
止まった。
「まずいです」
声が低い。
珍しく。
本気で焦っている。
「運命律、
対象認識を更新しました」
観測室が、
静まり返る。
レオノーラが、
静かに問う。
「……何へ?」
一拍。
ベアトリクスは、
乾いた唇で答えた。
「敵性分類です」
空気が凍る。
◇
次の瞬間。
術式盤中央へ、
新しい識別表示が浮かび上がる。
赤い文字。
警告色。
不気味なほど、
はっきりと。
表示された。
【物語否定因子】
個体識別:
レオノーラ・ヴァレンシュタイン
沈黙。
誰も、
喋れない。
クラリスが、
青ざめる。
「……因子?」
セシルも、
珍しく笑わなかった。
「世界側が、
個人認識を始めたな……」
最悪だった。
今までは。
災害。
現象。
法則。
そう思っていられた。
だが違う。
世界は。
明確に。
“反抗者”
を認識した。
◇
レオノーラは、
ゆっくり空を見上げる。
地下からでも見える。
術式投影窓。
その向こう。
巨大魔法陣。
円形。
光輪。
そして。
中心部。
そこだけ、
不自然に暗い。
まるで。
“瞳孔”。
巨大な、
目。
それが。
レオノーラを、
静かに見下ろしていた。
◇
彼女は、
小さく息を吐く。
恐怖はあった。
だが。
それ以上に。
妙な納得があった。
人間を、
キャラクターとして扱う世界なら。
物語へ逆らう者は、
必ず。
“悪役”
になる。
レオノーラは、
静かに呟いた。
「世界はついに、
レオノーラを“悪役”として認識し始めましたのね……」




