シーン3 「ミレイユ絶望」
ミレイユ・フェルナン
は、
観測室へ入った瞬間。
空気の違いに気づいた。
誰も、
すぐには彼女を見なかった。
それが逆に、
怖かった。
◇
地下観測室。
術式盤の光だけが、
静かに脈動している。
誰も喋らない。
重い沈黙。
そして。
空中投影された、
人生ログ。
感情曲線。
イベント誘導率。
因果集中。
全部。
彼女自身の記録だった。
ミレイユの足が、
止まる。
「……これ」
声が、
小さい。
レオノーラが、
何か言おうとする。
だが。
ベアトリクスが先に、
静かに説明してしまった。
「感情誘導痕です」
「出会い、
接触、
共鳴、
好感形成」
「かなり高密度で、
運命律介入が確認されています」
最悪の説明だった。
だが。
嘘ではない。
◇
ミレイユは、
術式盤を見上げる。
そこには。
彼女の人生が並んでいた。
初めての出会い。
偶然の接触。
心が動いた瞬間。
苦しくなった日。
泣いた夜。
全部。
記録されている。
まるで。
物語のイベント履歴みたいに。
呼吸が浅くなる。
「わたし……」
声が震える。
「好きになった気持ちも……」
沈黙。
「苦しかったことも……」
指先が、
小さく震えていた。
「最初から、
作られてたの……?」
誰も、
すぐ答えられなかった。
◇
重かった。
その問いは。
恋愛の話ではない。
人生そのものだ。
もし。
感情すら誘導なら。
恋も。
憧れも。
恐怖も。
全部。
誰かが書いた脚本なのか。
それは。
人間存在そのものを、
壊す問いだった。
◇
その瞬間。
観測室の空気が、
びり、と震える。
セシルが、
顔を上げた。
「……まずい」
術式盤。
警告光。
共鳴率急上昇。
ミレイユの感情不安定化へ、
運命律が反応している。
空間が、
脈動する。
どくん。
どくん。
まるで。
世界そのものが、
心拍しているみたいに。
光粒子発生。
花弁。
共鳴音。
演出魔力増加。
完全に。
“ヒロイン崩壊イベント”
が始まりかけていた。
悪趣味だった。
人が絶望しているのに。
世界は、
それすら盛り上げようとしている。
◇
ミレイユは、
震えながら後退する。
「や……」
「やだ……」
周囲空間が、
さらに明滅。
空気が甘くなる。
照明が、
勝手に落ちる。
視界演出。
感情強調。
世界が。
“悲劇的なヒロイン”
を作ろうとしている。
セシルが、
舌打ちする。
「最低だな……」
ベアトリクスも、
顔をしかめる。
「感情崩壊を、
演出強化へ利用してます」
「完全に観客向け構造です」
吐き気がするほど、
悪趣味だった。
◇
ミレイユは、
胸を押さえる。
苦しい。
怖い。
何が本物かわからない。
恋した気持ちも。
泣いた理由も。
全部。
誰かが、
面白がるためのものだったら。
自分は何なのか。
人間なのか。
キャラクターなのか。
その時。
空間が、
また脈動した。
まるで。
続きを期待しているみたいに。




